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「ゆるい交わり」の場を創出する――YAU SALON vol.1「アートが社会のエコシステムに介入する YAU=実験場としての役割」レポート

2022年10月26日夜、有楽町ビル10階のYAU STUDIOを会場に、YAU SALON vol.1「アートが社会のエコシステムに介入する YAU=実験場としての役割」が開催された。

「YAU SALON」は、各ジャンルのプレイヤーがホスト役となって、都市とアートにまつわるテーマを設定し、参加者と意見を交わすトークシリーズ。YAU STUDIOを活用し、多様な文化芸術関係者と交流を深める機会を創出するため、プログラム第2期のスタートとなる同月から開始された。

初回の登壇者は、NPO法人大丸有エリアマネジメント協会が主催する「アートアーバニズムカウンシル準備会」でアドバイザーを務めるパノラマティクス主宰の齋藤精一と、三菱地所エリアマネジメント企画部担当部長の井上成。参加者も含めたディスカッションを通じて、YAUの意義や目指すもの、今後の課題などについて思考を深める時間となった。

当日の模様を、アートに関する記事も多く手がけるライターの近江ひかりがレポートする。

文=近江ひかり(ライター)
写真=Tokyo Tender Table

■新たな価値観をつくる

当日はまず、進行役を務めた株式会社フロントヤードの長谷川隆三がプロジェクトについて説明。2020年から「アート×エリアマネジメント検討会」で議論してきたことをふまえ、たんにまちにアート作品を取り入れるのではなく、クリエイティビティとともにあるまちづくりを目指すという、YAUの理念を紹介した。YAU SALONでは、YAUのコンセプトである「アートアーバニズム」、つまり、アートの持つ創造性にもとづく新しいまちづくりについて議論し、交流する場をつくっていくという。

次いで、登壇者2人のトークがスタート。齋藤は参加当初、このプログラムの目的を掘り下げたいと意見したと言い、「ビジネスの観点からの目的や哲学がしっかりないと、アートが利用され、消費されるだけになる。アーティストの側に立って活動する人間として、それは避けたかった」と論点を提示した。対して井上によれば、「大丸有エリア」は高度経済成長を牽引してきたビジネスの中枢エリアだが、資本主義経済の根幹が揺らぐいま、これまでとは異なる考え方が必要とされている。そのため企業の体質や発想を変えるべく、従来の経済圏の「外」にいるとみなされてきたアーティストの力が重要なのだ。井上は、「アートが育つ街は新しい経済が育つ街」と語り、新たな価値観を発信するきっかけにしたいと述べた。

齋藤精一氏

それを受けてさらに、アーティストの社会における価値についての議論が続いた。齋藤は、「アリとキリギリス」を引き合いに、21世紀は良い意味で「キリギリス型」の社会になるべきタイミングだと論を展開した。それはつまり、量産の時代が終わり、新しいものを生み出していくべき時期のことだ。そのなかで社会の点と点をつなぐ発想源として、「アーティスト的」な思考や哲学が役立つという。「戦争やコロナといった社会情勢に対するアクションでも、アーティストたちはいつも先陣を切ってきた。そういう反射神経のある人が、ビジネスの世界にも必要だ」と説明した。

井上成氏

一方、井上も検討会で「アートの持つ力」について議論した例をあげ、「アーティストが表現するテーマに対して持っている強い衝動や怒りが、企業が社会の課題に取り組む原動力としても必要だ」と述べた。齋藤は、アーティストのスキルをビジネスにおいて使われる「コンピテンシー(高い成果を上げるための個人のスキル)」の概念に当てはめ、アーティストの社会に対するビジョンや瞬発力、創造力、発信力に期待したいと話した。こうして、いわゆるアーティストとのコラボレーションにとどまらず、その発想の方法をまちや社会に取り入れていくという、YAUのプロジェクトにおける意図が整理された。

■領域間の歩み寄りを目指して

エリアマネージメントの観点からのプロジェクトの目的は、大丸有エリアにおけるまちの価値を高めることであり、これからの都市をどう考えるかについての考察も繰り広げられた。齋藤によれば近い将来、このようなビジネス地区は人口減少のなかで本社機能が移転していき、不動産が海外ファンドに売られるなどして「持ち主のわからないまち」になることが懸念される。井上は、「高度経済成長期には、4大公害病が典型だが、生産性や効率性をひたすら追求した結果、まちが死ぬ事態が起きた。いま求められているのは都市の持続可能性。このエリアだけでなく、アートアーバニズムを通じて日本全体の考え方や価値観を変えていきたい」と語った。

過去に多くの企業が「メセナ(芸術文化活動の支援)」に取り組んだが、そこにあったのは、経済圏の外にあるアートを支えようとする、良識に則った態度だった。しかし、YAUが目指すものはそれとは異なり、アート領域とともに社会の課題に取り組んでいくこと。アートとビジネス、それぞれが社会に対してやるべきことの範囲を広げて考えることで、「双方が交わる部分で、利益と社会的価値が両立できるはず」と井上は述べた。

制作活動も行う齋藤は、「アーティストも行政の施策などを理解することが重要。社会に貢献する活動をしていれば、それは自ずと投資価値に値する」とメッセージを発信。プロジェクトに合わせた作家を提案するプロデューサーなど、中間人材が増えることの重要性にもふれた。また、多くの人がリーチするプロジェクトを育て、まちを変えていくためには、プロジェクトの持続性が重要になる。閉館が決定している有楽町ビルを拠点としているなか、スペースの継続も課題だ。齋藤はパーク・マネージメントの成功例であるニューヨークのブライアント・パークの例をあげ、アーティストに参加してもらうためのエコシステム構築が必要だと説明。従来の公共政策や経済活動と切り離すのではなく、そこで解決し得なかった問題に、多様な人を巻き込んで新たな形で取り組み続ける展望が示された。

■消費せず、交流する場

後半は、会場からの質疑を中心に議論が進められた。ビジネスとアートの関わりにおいては、作品購入も重要なトピックのひとつ。マーケットの活性化についてはどう考えているのかと質問が出ると、齋藤は「アートアーバニズムにおけるアートとは、購入対象であるモノとしての作品ではなく、実験的なパフォーミング・アーツなどを含むアクションそのもの」と回答。今後マーケットシーンに関わっていく可能性はもちろんあるうえで、現在はアーティストの活動が金銭的価値として消費されすぎないことを重視している、と現状を整理した。YAU SALONは広義の制作拠点であり、作品の展示はしていない。しかし井上によれば、三菱地所としては作品の購入にも取り組んでおり、交流拠点としての性格が強いYAUではむしろ、購入を中心としたこれまでの企業によるアート支援とは異なる関わり方を模索していくという。

また、近年の日本のアートシーンを鑑みると、支援を受けられるチャンスが少なく、制作を諦めてしまう若手も多いのが現状だ。「YAUでは、少数のアーティストをセレクトする以外の方法で業界を支えていくことができるのか?」という質問も。井上は「YAUはジャッジする主体ではなく、できるだけ多くの人を受け入れる場」と説明したうえで、「分野ごとにアーティストや関係者に関わってもらい、社会が必要としていることとアーティストがやりたいことの橋渡しをしたい」と述べ、アーティスト側も積極的にネットワークを増やしてほしいと語った。TOKYO PHOTOGRAPHIC RESEARCH代表としてYAUに関わる写真家の小山泰介も客席から発言し、「大事なのはジャッジする目を増やすこと。ここでアートマネージャーやキュレーターを育てることができれば、いままであぶれていた人をピックアップできる可能性が生まれる」と期待した。

YAUが一貫して掲げるのは、アートとビジネス、そしてそのなかの領域をも越境する、ゆるい交わりの創出だ。プロデューサーの深井厚志は、「ビジネス的発想が得意なアーティストや、クリエイティブな考え方のビジネスマンもいるはず。創造都市論において『クリエイティブクラス(創造階級)』という概念があるが、これは特定の職業や所属ではなく性質に則った曖昧な定義。YAUも従来の肩書きやステレオタイプにとらわれず活動できる場となれば」と述べた。齋藤もまた「混ざり合い」というキーワードをあげ、「ここでは何かを排除することでセレクティブになるのは避けてきた。アーティストの希望や提案を叶える制作の場にしていきたい」と語った。YAUはこの場所自体でもあり、まちのなかにあるネットワークや、チームのことでもある。目指されるのは、誰かひとりが牽引するのではない、出入り可能な実験場というかたちだ。

■個々人が幸せな社会に

最後は「共感経済的な社会を選択するため、アート×まちづくりにできること」をテーマに、目指す社会のかたちについて話し合った。

齋藤は「GDPを上げようとするまちづくりはもう古い」とし、「コンピテンシーのスイッチをオンにし、自分に何ができるのか把握すれば、それを提供し、物々交換的な社会が始まる。このビルの中でもスキルが求められる場所に届いていないなど、パズルのピースがあっていない例がたくさんあると思うが、アートはその媒介になれる可能性がある。個人の解像度が高く、好奇心に基づく社会がYAUの目指すもの」と語った。これを受けて井上が、「企業の持続可能な成長と個人の幸せの両立のためには、社員の生き方にまで企業が踏み込む必要がある。創造性重視の人事評価に変えるだけで企業は変わるし、異質なタイプのトップも出てくるはず。引き続きアート起点のまちづくりに取り組みたい」と述べ、議論が締められた。

齋藤と井上が共通して繰り返し述べていたのは、具体的なステートメントやルールを定めず、「ゆるさ」を大事にプロジェクトを形づくっていくことだ。社会全体の在り方を変えうる試みは、異なる立場や意見が交わる柔軟な姿勢があってこそ、生まれ育っていくのかもしれない。

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