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東京アダージョ:あやうい家庭教師

東京アダージョ:あやうい家庭教師(BGMは末尾に・・)

学生の時、ショートスパンだったが、木造アパートで、1人暮らしをしていたことがある。
それは、確か・・学部の2年次だった。
そこからは、歩いて学校に行くこともできた距離だ。
ただ、自分には環境的にあまり良いとは言えない場所だったが。

その部屋のお隣には、ご主人と奥さんと、女子高生の娘さんのヒロミちゃんの3人が住んでいた。
お母さんは、パートに行くのか、自分と朝、一緒になることがあった。
そこで、気さくな方で、いろいろと話しながら、よく並んで歩いていた。
ある日、娘さんの成績が良くないので、算数(正確には数学)を見てくれないかと言われた。
それは、母親は、自分が、比較的近くの学校の学生である事を知っていたからだろう。
「お願いできるかなぁ」
「いや、ほんと、ぼくは、頭悪いので無理じゃないかな」(笑顔)
「お兄ちゃん、頼むよ、塾に行かせることも出来ないので、ほんと困っているだわぁ、お願いするよ。それに、家に1人にして置くのは良くないし・・」
「あの、、バイトがあるので・・」
「そのアルバイトの間でいいけど、娘に部屋の留守番もさせるから」
交換条件のように、お惣菜を持って来てくれるという。
それは、パート先の余り物にしても、うれしい限りだった。

そして、その晩から、その子は、毎日、お菓子を持って、隣である私の部屋にやってきた。
それは、毎日欠かさずだ。
私立の女高生だったヒロミちゃんは、失礼だが、あまり勉強が好きではなさそうだった。
そこは、「おまいう」(お前が言うか)ってことになるだろうけれど。

・・・・・

ある時、休講の時だったが、バイト疲れで昼寝をしていると、ドアをドンドンたたいて
「お兄ちゃん~」
「お兄ちゃん~、お兄ちゃん~、いるんでしょう~」
とヒロミちゃんが叫んでいる。
戸を開けると、当然のように、中に駆け込んできた。
そして、いつもコタツの定位置に座り、お菓子を横に置いて、ノートを開いて、勉強をはじめた。
いつもパターンだ。

自分が偉そうに言えたものじゃないが・・・
この子は、まず、因数分解がなんだかわからない、そして、方程式の解き方も、学校で習っても、そして、教科書に書いてあっても読まないのだろう。
そして、三角関数もそうだし・・。
その辺までは、少し前の自分とあまり変わらないのかも知れないが、ただ、分数なんかもわからない様子だ。
しかし、九九は言えるようだし、基本的な漢字は書けないが、それは読めた。
どうでもいい事だけれど、ヒロミちゃんの作文には、まず、「疲れる」と言う漢字は書けなく、「皮」と書いていたのだ。
やまいだれ、は?と言ってから、点は3つだっけと言うので、にすいを、、いや、もういい・・・自分あたりが、偉そうに言えたものじゃないし・・

ただ、それは、ヒロミちゃんの努力の問題だけでもなさそうだ。
自分は、「クラスの下から、数えるような成績ではなく、中ぐらいになればいいのかな」と偉そうに話したが、
それは、違う話だった、それじゃ、また、誰かが、その底辺のあたりを繰り返す訳だから・・

ただ、お化粧はもちろん、オーデコロン(お母さんの?)の匂いはすごいし、制服のスカートをたくし上げてミニスカートにしたり、高校2年だからか、思春期なんだろう。
そこは、確かに、女子高生なのだった。
それは、女子校なのでみんなやっていると言っている。
「ああ、そうなんだ」
「お兄ちゃんの大学は?」
「ほぼ、男ばっかりだよ」
「お兄ちゃん、寂しいね」
(笑)
「ヒロミちゃん、大人をからかわないの・・」
「うん」
素直なもんだ。
真面目に勉強をしたら、ご褒美と言うことで、アイスクリームを買いに一緒に行ったりしたが、そんなことをものすごく喜んでいた。
ほんとに、妹のように可愛がっていたと言うことだ。

・・・・・

そして、ある晩、
ドアをドンドンたたいて
「お兄ちゃん~、お兄ちゃん~」
と、泣きながら、胸をはだけたよう部屋着(?)で、入ってくるなり、寝転んで泣き出した。
ミニスカートから、下着が丸見えなので、毛布をかぶせた。
まだ、まだ、子供なのだ。

お父さんが居なくなってから、しばらくして、
知らないおじさんが、部屋に来るようになり、食事やお酒を飲んでいるだと言う。
そして、そのおじさんは、ズボンを脱いで、ステテコ姿で、お母さんと、くつろいでいるので、心が苦しくなったと言うのだ。
「お兄ちゃんの部屋に泊まっていい」
「お母さんが心配するだろう」
「お母ちゃん、そうしろって」
そして、寝間着までも持って来ていたのだ。それは、お母ちゃんのネグリジェだそうだった・・
・・・
「けど、布団1つしかないんだよ」
「大丈夫だよ、一緒に寝るから」
「そういう訳にもなぁ・・にいちゃんは、バイトがあるから、出かけてくるよ」

その日は、研究室の長椅子で寝た。
その時は、3年次で、研究室に入っていたからだ。
ただ、ため息が出た『良い人をやるのは辛いこともある』と思ったが、
ヒロミちゃんの心はズタズタだろと考えるとなんか、やりきれない気持ちがどこかにあった。
お父さんが居なくなってからは、お隣のお母さんは、派手なメイクになっていったし、バイト先の近くの区役所通りの繁華街の側で出会ったこともあった。
誰もが大変なわけだ。

・・・・・

翌々日の朝、パートに出かける前のお母さんがお惣菜を持って来てくれて、
「うちの娘がお兄ちゃんのことが、好きらしい」と言って微笑んだ。
「そうですか、それは嬉しいですよ」
「成績も真ん中ぐらいになった」と言う。
ほんとうに良かったと思った。
「お兄ちゃんは、うちの娘をどう思う?」
「えっ、、」
「いいのよ、いいの、ヒロミは好きなんだから」
「・・・・」
「もう、十八になるし、結婚も視野に入れてくれないかなぁ」
「あの、ぼく何もしてないですから」
「知ってる、娘から聞いているよ、誘惑に負けないって人だって・・」
「・・・あの、ぼく、その、今、将来も視野に入れて、お付き合いしている人いるもので・・」
「そう、そうなんだ・・・それは、娘がかわいそうだわ」
「・・・」

この母にして、と言うより・・
無言になった自分に、気まずそうにお母さんは話し出した。
そして、身寄り話をしてきた。
このお母さんは、○大芸術の演劇を中退したそうで、娘さんは、先日までの旦那さんの子ではないのだそうだ。
なんか、より、ヒロミちゃんが、かわいそうになってきたが・・
『ただ、もう、良い人を演じるのはやめよう。それは、絶対に今日までだ』

そして、その晩に、
「お兄ちゃん、いる、いるわよね」
卒業試験の勉強に、ヒロミちゃんが、寒いのに下着のような変な格好でやってきた。
「お兄ちゃん、お母ちゃんね、あそこの夫婦木神社(めおとぎ)で、お父ちゃんと結ばれたんだって」
「ああ、あそこの、そうなんだ・・」

・・・
急に、お菓子を食べるのが止まった。そして、ヒロミちゃんが深刻な面持ちで言った。
「お兄ちゃん、本物のお兄ちゃんになってよ」
「うん、いつも本物だよ、決まってんだろ、そんなこと」
「うん」

幸、不幸を背負った時間は止まらない。
昭和的な話だが、それは、確かに、昭和だったから仕方ないのかも知れない。

BGM・・


(註)将来も視野に入れて、お付き合いしている人、それは、ノンフィクションシリーズ-東京アダージョ、「走るエリさん」に、どこかで、つづきます。お読みいただきありがとうございます。

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