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エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 当社は雑誌やコミックを出版する出版社だが、ある電子書籍のプラットフォームから、定額料金の読み放題サービスへのコンテンツ提供を求められた。国内でも有力なプラットフォームであることもあり、当社としては前向きに考えているが、契約締結に際して、どのような点に気をつける必要があるか。

Point

① 作家とのトラブル発生への対応
② 電子出版と読み放題サービス


Answer

1.作家とのトラブル発生への対応

 出版社と作家の関係は未来永劫、良好とは限らない。いくら現時点では良好な関係が築けていたとしても、遠い将来、何が原因で、関係が悪化し、作家が作品を引き上げたいと言い出すかもしれない。紙の書籍であれば、書店に在庫となっているものや取次にあるものを最後に絶版にするという対応が考えられるのに対し、電子書籍の場合は、引き上げ以降の配信を停止するという対応が考えられる。
 多くの電子書籍プラットフォームでは、いったん購入した電子書籍は、当該プラットフォームサービスの会員アカウントを継続する限り、期間制限なしに、未来でも再度のダウンロードを可能としている。これは紙の書籍では生じ得ない電子書籍特有の取扱いである。逆に、いったんユーザーの端末(スマートフォン)にダウンロードしたコンテンツであっても、システム(著作権保護技術やアプリケーション(アプリ))によっては、事後、電子書籍プラットフォーム事業者によって、利用不能とすることができる場合がある。これも紙の書籍では起こり得ない、電子書籍特有の取扱いである。法的にいえば、紙の書籍は購入者であるユーザーに所有権が移転するのに対し、電子書籍は購入者であるユーザーは利用権を有しているにすぎないと位置づけられているため、このような問題が生じてくる。
 それでは、ある作家の作品の電子書籍が購入され、その後、この作家が作品を引き上げることを決定した場合、当該作品をダウンロードできないようにさせることは可能だろうか。
 この点は、ユーザーが当該電子書籍を購入した時点の、電子書籍プラットフォーム事業者とユーザー間の契約すなわち利用規約にかかわってくる。再ダウンロードに関して、何の限定もなく、再ダウンロードできると定めている場合に、一部の作家について再ダウンロードを認めないのは、債務不履行を主張される可能性がある。再ダウンロードできる、としつつも、作家が引き上げを決定した場合などは、再ダウンロードができない場合がある、と断ることで、一部の作家について再ダウンロードを認めなかったとしても、債務不履行を主張される事態は防げる可能性が高い。
 次に、ある作家の作品の電子書籍が購入され、その後、この作家が作品を引き上げることを決定した場合、すでにダウンロードされ、ユーザーの端末(スマートフォン・タブレット・PC)内に保存されているデータを利用不可能とすることができるのだろうか。
 この点も、ユーザーが当該電子書籍を購入した時点の、電子書籍プラットフォーム事業者とユーザー間の契約すなわち利用規約にかかわってくる。ただ、ユーザーの立場で考えれば、紙の書籍とほぼ同じような金額で購入した電子書籍が、電子書籍プラットフォーム事業者側の一方的な都合で利用できなくなることに反発を覚える事態も想定される。契約上は解決できているとしても、対消費者サービスである以上、消費者から不要な反発を招かないよう配慮すべきであり、難しい問題といえる。
 コンテンツ提供者は、電子書籍プラットフォーム事業者と契約する場面、作家と契約する場面で、自社が板挟みになることのないよう、両者を矛盾させない観点からの配慮が必要である。

2.読み放題サービス

 電子書籍プラットフォーム事業者の提供する読み放題サービスでは、多くの場合、サービス料金は月額の定額であり、サービス対象の書籍は、当該プラットフォーム上で電子書籍として提供されているすべての書籍ではなく、その一部にとどまる。どの書籍を読み放題サービスの対象とするかについては、さまざまなファクターを検討する必要がある。人気が非常に高い書籍であれば、読み放題サービスの対象としなくても、ユーザーは当該書籍を購入するであろうし、反面、あまり人気のない書籍ばかりを読み放題サービスの対象としたのでは、読み放題サービスのユーザー登録はなかなか伸びないだろう。また、電子書籍プラットフォームでは、通常、1冊の書籍が購入されることにより、当該書籍コンテンツの提供者に一定の金額が支払われることになっている。読み放題サービスの対象として購入された場合も、そのような支払い形態になっている場合もあり得る。
 場合によっては、これらのファクターを踏まえて、電子書籍プラットフォーム事業者が、コンテンツを追加していくだけでなく、一部のコンテンツを入れ替える事態も考えられる。コンテンツを入れ替える場合があることは、サービス利用規約であらかじめ明記してある場合が多いと思われるが、それでも、人気のある電子書籍を突然読み放題サービスの対象から外せば、ユーザーからの一定の反発は免れないだろう。コンテンツ提供者にとって問題なのは、ユーザーからみて、そのような入れ替えの判断をコンテンツ提供者が主導したのか、電子書籍プラットフォーム事業者が主導したのか、明らかではない点である。ユーザーによっては、人気のある書籍コンテンツを読み放題サービスに提供するのが惜しくなったコンテンツ提供者が、利潤追求のために、読み放題サービスから引き上げたように受け取る者も出る可能性もある。
 実際に、国内で発生した読み放題サービスの開始後に、配信コンテンツが一部差し替えられ、一部の人気コンテンツの配信がストップした事例では、電子書籍プラットフォーム事業者のみならず、当該コンテンツの提供者に対して、問合せが殺到する事態に至った。
 この事態を受けて、一部のコンテンツ提供者は、プレスリリースにおいて、自社のコンテンツの配信は一方的に停止されたものであり、一方的な停止に対して、電子書籍プラットフォーム事業者に抗議したことを明らかにした。
 コンテンツ提供者の事前にとり得る対策としては、①入替えの判断を、電子書籍プラットフォーム事業者の一方的な裁量に任せきりにしないよう枠組みを整える、②事前協議が物理的・技術的に困難な場合でも、一時的に入れ替えを元に戻すことを求める権利を確保しておく等、事後の協議の余地を残しておく、③少なくとも、問題が発生した場合に、秘密保持義務にとらわれて何も自社からコメントできないような状態に陥るのは避けることが考えられる。
 なお、読み放題サービスによっては、コンテンツ提供者に対するライセンス料の総額があらかじめ決定されている場合がある。この場合、サービス加入ユーザーが増加し、電子書籍プラットフォーム事業者の収入が増加しても、コンテンツ提供者に対するライセンス料総額が増えることはない。このような取扱いは独占禁止法上問題ないのだろうか。
 これについては、電子書籍プラットフォーム事業者がライセンス料総額を一方的に指定できるなどの状況がない限り、必ずしも不合理とはいえないだろう。読み放題サービスが、もっぱら他のサービスの販促手段として位置づけられている場合は、個々のコンテンツの貢献度を割合として換算・評価することは難しいためである。

執筆者:中崎 尚


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