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Q51 恋愛禁止条項

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 芸能事務所が所属のタレントの恋愛を契約によって禁止することは有効か。

Point

 恋愛禁止条項の有効性


Answer

1.恋愛禁止条項

 恋愛禁止条項とは、芸能事務所が所属タレントとマネジメント契約をする際に、ファンや異性との交際などを禁止し、これに違反すると損害賠償請求や契約解除の対象になる契約条項の1つである。

2. 恋愛禁止条項の有効性

 ⑴ 何が問題か 
 所属タレント(たとえば女性アイドル)を売り出す側である芸能事務所は、女性アイドルの育成やプロモーションに多額の投資を行っており、恋愛スキャンダルを避けたいと考えるであろうことは容易に想像がつく。女性アイドルとしても人気者になりたいために芸能の世界を志しており、アイドルとして活動をする以上、多少の犠牲もやむを得ないのではないかとも考えられる。
 しかし、恋愛は、違法ドラッグのような反社会的なものではなく、人の自然な感情であり、特に多感な10代から20代にかけて人格形成に不可欠のものである。こうした恋愛を損害賠償や契約解除というペナルティを課してまで禁止することは、人権侵害となりうる可能性が高いというところに問題がある。
 ⑵ 2つの裁判例
 近時、恋愛禁止条項をめぐって2つの裁判例が出ている。
  🄐 東京地判平成27・9・18判時2310号126頁
   ⒜ 事 案
 女性アイドルグループのメンバーの1人(15歳)が、契約締結から7ヵ月後、ファンの男性とラブホテルに行った際、当該ファンがホテルの部屋で鏡越しに2人でいる様子を写真撮影し、他のファンに流通させたことが原因でグループが解散するに至った。所属事務所は当該女性アイドルの両親(女性アイドルが未成年のため)に対して、損害(衣装代やレコーディング費用、ダンスレッスン代など実費)賠償を請求した。
   ⒝ 結 論
 裁判所は、女性アイドルの両親に対し、約239万円の損害賠償を命じた。ただし、所属事務所において契約締結時以外に恋愛禁止について指導・管理がなされていないとして、所属事務所にも過失(40%)が認められ損害額が軽減されている。
   ⒞ 恋愛禁止条項に関する裁判所の判断
 裁判所の判示の内容は、以下のとおりである。
 ① 芸能プロダクションは、初期投資を行ってアイドルを媒体に露出さ
  せ、これにより人気を上昇させてチケットやグッズ等の売上げを伸ば
  し、そこから投資を回収するビジネスモデルである
 ② 契約締結時にマネジメント会社がアイドル本人と契約内容の読み合わ
  せを行ったうえで、本人が契約書に署名捺印している
 ③ アイドル(グループ)としての活動にあたり、マネジメント会社は、
  交際相手と別れるように通告し、アイドルから別れた旨の申告を受けた
  うえで、アイドルとしての活動を行っている
 ④ 女性アイドルグループである以上、メンバーが男性ファンらから支持
  を獲得し、チケットやグッズ等を多く購入してもらうためには、メンバ
  ーが異性との交際を行わないことや、これを担保するためにメンバーに
  対し交際禁止条項を課すことが必要であった
 ⑤ 一般に、異性とホテルに行った行為自体が直ちに違法な行為とはなら 
  ない
 ⑥ しかし、当該女性アイドルは当時本件契約等を締結してアイドルとし
  て活動しており、本件交際が発覚するなどすれば本件グループの活動に
  影響が生じ、原告らに損害が生じうることは容易に認識可能であった
  🄑 東京地判平成28・1・18判時2316号63頁
   ⒜ 事 案
 未成年(19歳9ヵ月)当時にアイドルとして契約(3年)し、アイドルグループの一員として活動していた女性アイドルが、22歳になった頃、アイドルを辞めたいといい、ライブなど無断で欠席した。マネジメント会社は、当該アイドルが男性と交際するようになって出演義務を放棄するようになったと主張し、契約違反として764万9900円(逸失利益等)の損害賠償を請求した。
   ⒝ 結 論
 裁判所は、マネジメント会社の請求を棄却した(女性アイドル側の勝
 訴)。
   ⒞ 恋愛禁止条項に関する裁判所の判断
 裁判所の判示の内容は、以下のとおりである。
 ① アイドルとよばれるタレントにおいては、それを支えるファンの側に
  当該アイドルに対する清廉さを求める傾向が強く、アイドルが異性と性
  的な関係をもったことが発覚した場合に、アイドルには異性と性的な関
  係をもってほしくないと考えるファンが離れ得ることは、世上知られて
  いる
 ② マネジメント契約等において異性との性的な関係をもつことを制限す
  る規定を設けることも、マネジメントする側の立場に立てば、一定の合
  理性があるものと理解できないわけではない
 ③ 人に対する感情は人としての本質の一つであり、恋愛感情もその重要
  な一つであるから、かかる感情の具体的現れとしての異性との交際、さ
  らには当該異性と性的な関係をもつことは、自分の人生を自分らしくよ
  り豊かに生きるために大切な自己決定権そのものである(幸福を追求す
  る自由の一内容)
 ④ マネジメント会社が、契約に基づき、所属アイドルが異性と性的な関
  係をもったことを理由に、所属アイドルに対して損害賠償を請求するこ
  とは、上記自由を著しく制約するものといえる
 ⑤ 異性との関係をもったか否かは、通常他人に知られることを欲しない
  私生活上の秘密(プライバシー)である
 ⑥ 損害賠償を請求できるのは、アイドルが所属プロダクションに積極的
  に損害を生じさせようと意図をもってことさら公にしたなど害意が認め
  られる場合に限る
 ⑶ 検 討
 両判決ともに恋愛禁止条項違反による損害賠償請求の可否が問題となったものであるが、結論として前掲東京地判平成27・9・18(以下、「平成27年9月判決」という)は損害賠償請求を肯定し、同東京地判平成28・1・18(以下、「平成28年1月判決」という)はこれを否定している。
 平成27年9月判決は、対等な契約関係を前提に恋愛禁止条項の必要性を認め、その違反による損害賠償請求を認めたものと解される。これに対して、平成28年1月判決は、芸能事務所側の恋愛禁止条項の必要性に一定の理解を示したものの、女性アイドルの人権(自己決定権・プライバシー)を重視し、損害賠償請求が認められる場合を、女性アイドル側に芸能事務所に積極的に損害を与えようという害意が認められる場合等に限定すべきとし、当該事案はこれに該当しないと判断した。
 事案をみてみると、平成27年9月判決においては交際していた男性ファンが女性アイドルとホテルに行った際に撮影した写真が流出したことが問題の発端となっている。これに対して平成28年1月判決においては、ライブなど無断欠席を繰り返していたアイドルが辞めたいと言ったところ、芸能事務所側が男性との交際が原因であるとして積極的に公表したものである。
 両判決に共通している点は、女性アイドルが男性と交際したこと自体が恋愛禁止条項違反としているものではないという点である。実際にもスキャンダルとなるのは、女性アイドルが恋愛をしていることを裏付ける写真や動画、電子メールのやりとり等の動かぬ証拠が世に出ることである。
 以下は、筆者の私見であるが、次のように整理することができるのではないかと考える。
 ①    恋愛禁止条項において恋愛自体を禁止し、その違反にペナルティを課 
  すことはアイドルの人権を過度に制約することとなり問題がある
 ② スキャンダルの種となる動かぬ証拠をつくらないよう、あるいはそれ
  が流出しないように努めることをアイドル側に課し、芸能事務所が管
  理・監督すること(恋愛関係の有無の報告など)は認められるべきでは
  ないか
 ③ ②に反して動かぬ証拠が流出した場合に女性アイドルに対してペナル
  ティを課すことができるか否かについては、平成28年1月判決が示した
  ように害意がある場合など限定的に考えるべき

執筆者:大橋卓生


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