見出し画像

Q38 映画制作契約

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 製作費が支払われるという約束で映画の制作請負をした場合の権利関係はどのようなものか。製作費が支払われなかった場合の権利関係はどうなるか。

Point

① 著作物の制作請負に関する法律関係
② 著作権の帰属


Answer

1.映画の著作者・映画の著作権

 映画の著作者は、監督等の映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者をいう(著作権法16条)。他方、映画の著作権は、その著作者が映画製作者に対し、製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する(同法29条1項)。映画製作者とは、映画の著作物の製作に発意と責任を有する者である(同法2条1項10号)。著作権法29条は、映画の著作権を、映画の著作者から製作者に法定移転ないし法定帰属させる点で、著作権法の中で特異な規定とされている。映画には多額の投資が必要であり、その円滑な利用のためには映画製作者が権利を集中的に行使できるようにする必要があることがその理由の1つとしてあげられている。
 日本の映画業界においては、映画の創作面を統括する監督が大きな力をもってきたことはまぎれもない事実であり、プロデューサーの役割や発言力は軽視されがちであった。しかし、近年においては、日本でも映画に投資しているプロデューサーを中心としたクリエイティブコントロールが重視され、プロデューサーの最終決定権が重視されるようになっている。この点からも、映画の著作権は、監督や制作を請け負う(または業務委託を受ける)映画制作会社には帰属しない、と考えるのが原則である。
 なお、慣習上、作品をつくる際、著作権を有する場合に「製作」、単なる制作であり著作権を取得しない場合を「制作」と表記することが多い。

2.映画の制作請負

 映画の制作請負により映画制作を行う場合、請負は当事者の一方がある仕事を完成することを約束し、相手方がその仕事の成果に対してその報酬を支払うものである(民法632条)から、映画制作を請け負った者は、映画を完成させ、注文者に引き渡し、注文者は完成した映画(仕事の目的物)に対して報酬を支払わなければならない。
 請負人は、映画の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者として、映画の著作者となりうるが、映画の制作を請け負った点において、注文者の映画製作に参加することに同意しているといえることから、映画の著作権は注文者に帰属すると考えることが自然である。
 請負代金が約束どおり支払われる場合においては、注文者が製作に関する法律上の権利義務の主体となることを認めて問題ないことから、映画の著作権は映画の注文者に帰属すると解することができる。

3.請負代金が支払われなかった場合

 他方、請負人が映画を完成させたにもかかわらず、注文者が請負代金を支払わない場合、仕事の完成により映画の著作権が注文者に帰属すると解することには問題がある。
 映画製作者とは、映画の製作に発意と責任を有する者(著作権法2条1項10号)である。すなわち、映画製作をする意思をもち、かつ経済的リスクを負担し権利義務の主体となる者をいうが、①製作費用の支出・負担(自己の計算)と、②製作過程・完成の責任の負担(製作の遂行主体性)がともに認められる場合であると解されている。
 請負代金を支払わない場合には、注文者が経済的リスクを負担しているものとはいえず、多額の投資の必要性から映画製作者に権利の帰属を認めた著作権法29条の趣旨にも反する。参考となる判例として、ある地方公共団体の市勢映画の制作業務委託契約により映画を完成させた映画製作会社に対し、東京地方裁判所は、当該製作会社が映画の制作を完成させる責務を負い、映画製作費用はすべて当該映画製作会社が支出し負担したことから、当該映画製作会社を映画製作者と認定している(東京地判平成4・3・30判夕802号208頁)。

4.著作権者の認定

 請負により映画制作を行ったものの、発注者が請負代金の支払いを行わない場合には、発注者を映画の著作物の製作に発意と責任を有する者と解することはできず、個別の事情に鑑みて、当該映画の製作に発意と責任を有する者が著作権者であると認定されることになろう。①製作費用の支出・負担(自己の計算)と、②製作過程・完成の責任の負担(製作の遂行主体性)の観点から、製作過程・完成の責任の負担を負っていた者を認定し、①経済的にも、②クリエイティブの観点からも映画完成の最終的な責任を負っていた者を著作権者と認定することになる。
 たとえば、請負人である映画監督や映画制作会社などが注文者から費用等の支払いを受けることなく、自らの負担と責任により映画を完成させたような場合、当該請負人に著作権が認められうる。映画監督や映画制作会社が映画の全体的寄与者として、創作時に映画の著作物の著作権を原始取得し(著作権法16条)、映画の完成後、注文者から約束どおりの支払いがなされないときは、映画制作の請負契約そのものの履行(完成後の支払い)がなく、著作権法29条による映画製作者への法定移転が認められず、たとえ映画製作の発意が注文者に認められたとしても、注文者には著作権が認められず、実際に自らの負担により映画を完成させた監督などに映画の著作権を帰属させるということもありうると考えられる。

執筆者:笠原智恵


東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
アーティスト等の持続的な活動をサポートし、新たな活動につなげていくため、2023年10月に総合オープンしました。オンラインを中心に、弁護士や税理士といった外部の専門家等と連携しながら、相談窓口、情報提供、スクールの3つの機能によりアーティストや芸術文化の担い手を総合的にサポートします。
公式ウェブサイト https://artnoto.jp