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エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 テレビ番組の制作を請け負う制作会社であるが、勤務が不規則で、早朝や深夜に及ぶことも珍しくないため、雇用する労働者に対しては、「残業代込み」の給料であると説明し、勤務時間数にかかわらず、毎月定額の給与を支給している。採用時の募集条件や給与明細には、残業代込みであることや、その内訳などは記載せず、単に「基本給」とだけ記載しているが、何か問題はあるか。

Point

① エンターテインメント業界の勤務態様
② 労働基準法の規制
③ 「残業代込み」は適法か
④ 勤務体系の見直し


Answer

1.エンターテインメント業界の勤務態様

 一口に「エンターテインメント業界」といっても、業種によって勤務態様はさまざまであり、一括りに議論することが適当でない面もあるが、「働き方改革」という標語が浸透してきたとはいえ、総体的には、不規則勤務や長時間労働から完全に解放されているとはいいがたいようにも思われる。
 本問のテレビ番組の制作会社に関していえば、番組制作自体が、そもそも長時間労働が発生しやすい業務内容であることに加えて、依頼主であるテレビ局の業務スケジュールに合わせざるを得ない場合もあるのではないかと思われるが、このような場合であっても、労働基準法の適用がなくなるわけではない。

2.労働基準法の規制

 「時間外込み」の是非を検討する前に、労働基準法上の時間外賃金等に関する規制について簡単にまとめておきたい。すなわち、わが国では、原則として、1日の労働時間の上限は8時間とされ、1週間の労働時間の上限は40時間(一部の常時10人未満の労働者を使用する事業については44時間)とされている(労働基準法32条、労働基準法施行規則25条の2第1項)。また、使用者は、少なくとも週1日または4週を通じて4日の休日を労働者に与える必要がある(同法35条)。
 上記時間制限を超えて、あるいは法定休日に労働者を労働させるには、労働者の過半数を代表する者か、労働者の過半数で組織する労働組合と書面による協定を行い、その協定を労働基準監督署に届け出る必要がある(労働基準法36条。いわゆる「36協定」)。そのうえで、上記制限を超えて労働させた場合、たとえば、ある1日について10時間労働させると、2時間分が時間外労働(残業)となり、通常の1.25倍の割増賃金を支払う義務が生じる(同法37条1項)。また、上記制限内の時間であるかどうかにかかわらず、深夜や休日の労働についても、それぞれ定められた額の割増賃金支払義務が生じる。
これらのことは、エンターテインメント業界にも等しく適用される。

3.「残業代込み」は適法か

 上記2のとおり、時間外・休日・深夜の労働は、割増賃金を支払う必要があるが、たとえば、採用の際に労働者に示す労働条件に、「給与には30時間分の残業代を含む」と記載した場合はどうだろうか。このような「定額残業代」については、加えて、基本給部分と割増賃金部分が区別されていることが必要とされている(最判昭和63・7・14労判523号6頁〔小里機材事件〕最判平成6・6・13判タ856号191頁〔高知県観光事件〕、最判平成24・3・8判夕1378号80頁〔テックジャパン事件〕など)。本問のように、まとめて「基本給」とだけ記載した場合には、そのうちどの部分が「残業代」に相当するのか判断できず、無効とされる可能性が高く、基本給とは別に、時間外賃金の支払いが必要となる可能性がある。
 なお、基本給部分と明確に区別可能な態様で「定額残業代」を導入した場合であっても、①「定額」の範囲(本問では30時間)を超えた場合や深夜・休日労働はその分の割増賃金支払いが必要とされること、②「定額」の算出にあたっては、上記割増倍率を考慮し、その地域の最低賃金を下回らないようにする必要があることには留意が必要である。そもそも、「定額残業代」の導入には、就業規則等の定め(周知手続を含む)によるか、労働者との個別合意が必要であることはもちろんである。また、「定額」の範囲をあまりにも長時間とすることについても無効とする判決が出されている(東京高判平成30・10・4労判1190号5頁〔イクヌーザ事件〕)。
 以上のように、「定額残業代」を導入しても、超過分の割増賃金は支払う必要があるし、逆に、時間外労働が発生しなくても定額分は支払う必要がある。一定時間までは時間外賃金の計算が不要になる事務上のメリットはあるものの、導入すべきかどうかは慎重に検討すべきであるし、導入するのであれば、適正な手続を経て導入することが重要である。

4.勤務体系の見直し

 不規則勤務・長時間労働とはいっても、現実的には、業務開始時間自体が遅いとか、待機など特段業務のない時間が長いなど、労働時間の設定方法自体を見直すことで解決できる部分もある。たとえば、その日のテレビ局の収録自体は午後3時にスタートし、午後10時に終了するという場合、勤務時間が午前10時からとされていると、収録終了時には時間外労働が発生している可能性がある。このように、日によって異なるスケジュールに対応するために、フレックスタイム制等を導入することで、時間外労働の発生をある程度抑制できる可能性がある。
 紙幅の関係で、それぞれの制度の詳細を記載することは避けるが、たとえば、下記のものがある。
 Ⓐ フレックスタイム制  始終業時間の決定を労働者に委ねる制度であ 
  る。一定期間内の労働時間が平均して法定労働時間に収まっていれば、
  特定の日や週において法定労働時間を超過してもよい。
 Ⓑ 変形労働時間制  1カ月、1年といった単位で、その期間内の所定労
  働時間を平均して法定労働時間に収まっていれば、特定の1日や1週にお
  いては法定労働時間を超えることを認める制度である。始終業時間の決
  定を労働者に委ねるものではない点がフレックスタイム制と異なる。
 Ⓒ 裁量労働制  実労働時間にかかわらず、労使協定等で定めた時間労
  働したものとみなす制度である。記事の取材・編集、デザイナー、プロ
  デューサー・ディレクターなどの専門業務を対象とする専門業務型と、
  職種の限定のない(ただし、業務遂行のための知識・経験は求められ
  る)企画業務型がある。
 いずれの手続も、導入することで、時間外労働の削減等の効果が見込めるが、導入に要する手続や、導入後の運用の事務負担もあるので、詳細は弁護士、社会保険労務士等の専門家に相談することをお勧めする。

5.その他の問題

 本問は、主として時間外賃金の問題を扱っているが、このほかにも、労働者を雇用する際の労働条件の明示(労働基準法15条)を行うこと、休憩時間や休日の確保(同法34条、35条)など、留意すべき事項はある。とかく、「これまでのやり方」で進めてしまいがちな分野ではあるものの、今後は、法律と現場の運用との間で、どのように折合いをつけていくのかが問われることになろう。

執筆者:上村 剛


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