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Q59 コンテンツ制作と下請法

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 コンテンツの制作を下請けの制作業者に委託するにあたって注意すべきことは何か。

Point

① コンテンツの制作委託と下請法
② コンテンツの制作委託と契約


Answer

1.コンテンツ制作委託と下請法

 コンテンツの制作は、実際にそれを使用する企業が制作すること以外に、専門の制作会社に制作を委託することが広く行われている。たとえば、アニメーション映画は、実写映画のように製作委員会方式によって企画・制作・配給が行われることのほか、企画をテレビ局やスポンサーが行うことも多いのが実情であり、その場合、実際の制作は、そのようなテレビ局やスポンサー等から委託を受けたアニメーション制作会社が行う。この場合、テレビ局や映画配給業者などは、「情報成果物」の「提供」を「業として」行っている事業者であることから(下請代金支払遅延等防止法(以下、「下請法」という)2条3項)、下請法が適用されることがある。なお、上記テレビ局等のコンテンツの利用者でなく、当該コンテンツの制作を請け負った者も、当該コンテンツ制作の全部または一部の制作を下請事業者に委託した場合には、「業として請け負う作成の目的たる情報成果物の作成の行為の全部又は一部を他の事業者に委託する」場合にあたり、上記と同様、下請法が適用される。たとえば、上記アニメーションの制作会社が、その請け負ったアニメーションの制作のうち、原画の作成を個人のアニメーターに委託した場合である(平成15年12月11日公正取引委員会事務総長通達第18号(改正:平成28年12月14日公正取引委員会事務総長通達第15号)「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」(以下、「運用基準」という)第2・3(6)[類型3-2])。
 具体的には、アニメーションのような「情報成果物」(「映画、放送番組その他影像又は音声その他の音響により構成されるもの」(下請法2条6項2号))の作成委託においては、上記テレビ局等のいわゆる委託元(いわゆる親事業者)の資本金が5000万円超であって委託先(いわゆる下請事業者)の資本金が5000万円以下(個人を含む)の場合に、または、親事業者の資本金が1000万円を超え5000万円以下であって下請事業者の資本金が1000万円以下(個人を含む)の場合には、下請法が適用される(同条7項4号・8項4号)。

2.コンテンツ制作委託における下請法上の義務

 ⑴ 3条書面の交付義務
 下請法が適用される場合、親事業者は、「直ちに」、「下請事業者の給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法」など下請法3条に定める事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない(記載事項の詳細は、下請代金支払遅延等防止法第3条の書面の記載事項等に関する規則に定められている。また、本条に基づく書面は「3条書面」とよばれている)。
 「下請事業者の給付の内容」とは、アニメーション制作においてはフィルムの納品であると考えられるが、一般的に、これに付随して、当該フィルムに係るアニメーションの著作権等を親事業者に譲渡することが合意されることが多い。しかし、フィルムに含まれていないアニメーションや映像素材等の著作権等まで譲渡させることは「不当な経済上の利益の提供要請」(下請法4条2項3号)に該当し、下請法に違反する可能性があるので、親事業者は、譲渡を受ける著作権等の対象を明確にしておく必要がある(運用基準第3・1⑶)。
 また、3条書面は、下請事業者に委託をした場合には、「直ちに」交付しなければならないとされているが、アニメーションなどのコンテンツの制作を委託する場合には、3条書面の記載事項のすべてが決まっていない場合もある。そのため、「その内容が定められないことについて正当な理由がある」場合には、それ以外の事項を記載した3条書面を交付し、記載できなかった事項については決まり次第補充書面を交付するものとされている(運用基準第3・2⑴)。
 ただし、「正当な理由がある」とは、取引の性質上、その時点では必要記載事項の内容について決定できないことが客観的に認められる理由がある場合とされており、親事業者の都合によって決められるものではないので、注意が必要である。また、そのような事項が定められない理由や定めることとなる予定期日を当初の3条書面に記載する必要があるとされ、当該事項については、下請事業者と十分な協議をしたうえで速やかに定めなければならないとされている(運用基準第3・2⑵)。
 ⑵ 親事業者の禁止行為
 下請法が適用される場合、親事業者は、「受領拒否」(同法4条1項1号)、「支払遅延」(同2号)、「下請代金の減額」(同3号)、「返品」(同4号)、「買いたたき」(同5号)、「購入・利用強制」(同6号)、「不当な経済上の利益の提供要請」(同条2項3号)、「不当な給付内容の変更及びやり直し」(同4号)を行うことが禁止されている。この中で、アニメーション等のコンテンツの制作委託は、その委託内容を発注時に具体的に特定することが容易でなく、そのため、「受領拒否」や「支払遅延」、「不当な給付内容の変更及びやり直し」などが生じやすいため、留意すべきである。
  🄐 受領拒否
 まず、「受領拒否」とは、「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付の受領を拒むこと」とされているが、その給付内容が委託内容と異なったり当該給付に瑕疵があったりする場合、または、納期に間に合わなかった場合には、「下請事業者の責に帰すべき理由」があるものとされている(運用基準第4・1⑵)。
 しかし、3条書面に委託内容が明確に記載されていなかったり、検査基準が不明確であったりするような場合には、親事業者が主観的に委託したものと異なると思っていても、給付内容に瑕疵がある等とは認められない可能性が高いため(運用基準第4・1⑵)、可能な限り、委託内容や検査基準は3条書面によって明確にしておく必要がある(前述のとおり、発注時には明確にできない場合でも、下請事業者と協議を進め明確になり次第直ちに可能な限り具体的に書面化しておくべきである)。
  🄑 支払遅延
 「支払遅延」についても、同様な観点から問題が生じやすい。
 つまり、下請代金の支払期日は、「給付を受領した日」から60日以内に支払うものとされているが(下請法2条の2)、アニメーション等の情報成果物作成委託の場合、作成の過程で、委託内容の確認や今後の作業指示のために、親事業者が、情報成果物を一時的に自己の支配下におくことがある。
 この点、あらかじめ両当事者において、親事業者が支配下においた当該情報成果物を一定の水準を満たしていることを確認した時点で給付を受領したこととすることを合意している場合には、直ちに、「給付を受領」したものとは取り扱われないが(ただし、検査は合理的な期間で行われる必要がある)、3条書面に記載された納期日において親事業者の支配下にあれば、親事業者による内容の確認が実際に終わっていなくても、「給付を受領した」ものとされてしまうので、注意を要する(運用基準第4・2⑶)。
  🄒 給付内容の変更・やり直し
 そして、下請法においては、「下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付の内容を変更させ、又は受領後に給付をやり直させること」により「下請事業者の利益を不当に害」することは禁止されている(下請法4条2項4号)。
 これに関し、たとえば、制作の途中段階で、下請事業者が親事業者に対して委託内容を確認し親事業者が了承した場合には、完成してから、一方的に下請事業者の費用負担でやり直しを求めることは違法とされている(運用基準第4・8⑶)。
 また、事前に委託内容として給付を充足する十分条件を明確に3条書面に記載することが不可能な場合であっても、親事業者がやり直し等をさせるに至った経緯等を踏まえ、やり直し等の費用について、下請事業者と十分な協議をしたうえで合理的な負担割合を決定すれば、下請法上問題とならないとされているが、親事業者が一方的に負担割合を決定して下請事業者に不当に不利益を与える場合には、「不当なやり直し」にあたるとされている(運用
基準第4・8⑷)。
 いずれの場合も、3条書面や契約書等において委託内容を具体的に定めておらず、親事業者と下請事業者の間で成果物が当該委託の目的に合致しているかについて認識が一致しないことで生じやすいトラブルであることから、どのような取引にも通じることではあるが、下請取引を行う場合には、特に、委託内容を可能な限り具体的かつ明確に定めておくことが望ましい。
  🄓 買いたたき
 下請法上、「下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」は禁止されている(下請法4条1項5号)。
 この点、コンテンツ制作委託においては、下請事業者が作成した情報成果物に知的財産権(主に著作権)が発生することがあり、親事業者(さらにその親事業者)がそれを利用するためには、その知的財産権を譲渡してもらうか、その利用許諾を得る必要がある。
 しかし、特に著作権の発生や帰属を判断することは、さまざまな事情を考慮しなければならないため容易ではない。そのため、親事業者が、下請事業者に知的財産権が帰属する可能性があることを意識することなく、下請代金に、その譲渡や利用許諾の対価を含まないまま下請代金を決定してしまうことがある。そのような場合、事実上、親事業者が無償で知的財産権を譲渡させたり、利用許諾させたりすることになってしまい、下請法上禁止される買いたたきに該当しまうので、発注の際に、知的財産権の帰属を含めて下請事業者と十分に協議したうえで下請代金を決定すべきである。

執筆者:星 大介


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