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生命の源泉

〜大地を食べる〜

 この町に移住してから以前にも増して山菜や野草を食べるようになりました。
 都会はコンクリートやアスファルトで大地に蓋をしてしまい。その価値を見出す事は難しくなっています。

 父が山菜好きでしたので、以前は時々一緒に出かけていました。そのため興味はありつつも、言われるままに採取していましたから、自分で判断して採取するようになった今とでは気持ちの持ち方が違います。

 山菜や茸採りでは暗黙のマナーがあります。当然ながら栽培している山や入山禁止の山に入ってはいけません。但し書きがなくてもそのような気配を感じたらすぐに撤退するのが無難です。目的は栽培しているものを盗ることではなく、野生のものを分けていただくことなのです。そう言う気持ちで山を見ていると、素人には意外と入れる山がありません。豊かで入りやすそうな山は村の財産区に指定されていて村人以外は入れなかったりします。そんな風にあちこち見て歩いてやっと見つけた場所であっても荒らしてはいけません。その場所で出会うことはなくとも同じ場所を楽しみにしている人がいるからです。先着順とは言うものの根絶やしにするような採り方をすると、翌年以降は採取出来なくなります。

 ある時、産直の店のおっちゃんと話をしていました。その人は日焼けして見るからに野性味たっぷりの方でしたが、近くで産直販売をしている他の人からは「先生」と呼ばれていました。なんでも東京の某有名大学で音楽の教鞭を執っていたとか。どうして辞めちゃったのかと尋ねた所「バカバカしくて」とのことでした。その方は夜も明けぬ暗いうちに自宅を出て地元では有名な山へ分け入るのだそうです。そして下半身素っ裸になって冷たい雪融け水の流れる川を渡り、目的の山菜を採取して産直の店に出しているとのこと。ボクの感覚ではとても真似出来ません。山に登って下りて来るだけで精一杯でしょう。そんなご苦労をしつつも、昼時には知人に店番を任せてふいに自転車でいなくなり、戻って来たと思ったらまた山菜を採って来ていたりしました。まるで超人です。もっとも苦労とは思っていないのでしょう。
 そんな方なので山菜についてはお詳しいだろうと思い相談してみました。
「ゼンマイの出る場所を探してるけど見つけられなくて…」
 山菜や茸の出所と言うのは極秘事項に当たります。いくつもの野山を歩き回り、やっと見つけられる場所です。特に産直で販売されているような方は、それで生計を立てているわけですから本来なら口外無用。絶対に話してはいけないことです。ボクもそれを承知で訊ねているわけです。
「山の川筋。陽当たりの良い岩盤の斜面。」
 それがその方の答えでした。まるで隠語。解る人にしか解らない言葉ですが、実際に山歩きする人ならこれでもかなりの情報を得ることになります。山を歩いて見て回っている場所の中から条件の当てはまる場所を絞り込めば良いわけです。ざっくばらんでそっけなく荒っぽくて粗雑な印象の向こう側に温かいお人柄がにじみ出ているように感じました。
「ありがとうございます。」
 ボクは嬉々として山に向かいました。口で言うほど山歩き経験があるわけではないので、取りあえず思い当たる山の川筋に向かい、いつもなら少し進んで諦めて戻る所を奥へ奥へと遡上しました。この山歩きには問題があります。渓流釣りをする方ならこうやって川筋を遡上することがあるかも知れませんが、鉄砲水を避けられないことがあるので山登りとしては危険が潜んでいることを憶えておかなくてはならないでしょう。やがて川の両側は岩盤の斜面となり、足下が滑るので樹に掴まりながら少し高い所を歩くことになりました。滑落すれば怪我くらいはするでしょう。しかも、冬の間の雪の重さのために川沿いの樹々は斜面の下に向かって這うように枝が伸びています。やがて辿り着いた陽当たりの良い斜面。そこには当然のようにゼンマイが群生していました。残念ながら先客があったようで7割方のゼンマイは採取されていました。早い者勝ちなので仕方ありません。先客が残して行ったゼンマイから根絶やしにならないよう気を配りつつ少しお裾分けをいただいて山を下りました。
 後日、ワンカップのお酒を手に先生にお礼に伺いました。差し出したワンカップを見て先生は少し驚いた様子です。
「なんだこれ?」
「先日、ゼンマイの出る場所を教えていただいたお礼です。お陰で見つけることが出来ました。」
 すると先生はワンカップをしまい込みながらニヤリと笑うのでした。

 そして翌年、先着順に勝利してゼンマイを採取することが出来ました。もちろん根絶やしにしないように注意は忘れずに。

 数年後、産直のお店には先生の姿が見られなくなりました。
 お身体を壊されたとか。
 自然の中を駆け回って恩恵を享受し、人生を燃やし尽くそうとするかのような生き様を少し羨ましくも思うのでした。

もくじ |  随想 

生命の源泉〜大地を食べる〜
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ご精読ありがとうございました。

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