自転車バナー

生命の源泉

〜大地を食べる〜【6】

 ボクが現在住む地方に移住してから山を見て歩いていると以前住んでいた地方で見られたキノコとは種類が違うような気がします。環境が違うので当然の話です。山にはブナやコナラなどの広葉樹が多く、秋の山の色は真っ赤というよりオレンジ色が強い気がします。赤く色付く広葉樹として代表的なのはイロハカエデでしょう。他にもカエデ類の葉の色は赤くなるものが多いと思います。カエデだけではなく漆の葉も赤くなります。そんな風に秋の山の色は植生と気候によって決まります。言わば、山の植物層が絵の具の役割を果たし秋を彩るわけです。以前住んでいた地方も近所の山は広葉樹が多かったです。ナラとかクリとかアベマキが多かったでしょうか。比較的カエデ類の分布も多かったようで見事な紅葉が見られる名所も随所にありました。カエデの赤が映えるのは濃い緑の針葉樹との組み合わせです。公園などの樹種を決める場合、この意識があれば植生をデザインして風景を描くことだって出来るかもしれません。

 木々の植生が変われば、「木の子」の種類も変わります。
 マツタケは松にスギカノカは杉の植生に影響されます。実際には樹に影響されるばかりではないのだと思いますが、山を彩る植生は無関係であろうはずもありません。

 田舎町に移り住んだボクは、近隣の山を見て歩くようになっても相変わらずキノコの鑑識眼はあてにならないので、いろんな種類のキノコを見る機会は増えても食べられるかどうかを見分けることが出来ません。産直の店で一般的に見かける「モダシ」というキノコでさえ山の中で見ると特定できないのです。スギカノカはとても分かりやすいキノコだったので毒キノコ指定は大変に残念です。
 そんなことを感じながら山の中を歩いていた時、何だか無視できない感じのキノコがありました。傘の大きさは十センチ程度でしょうか。やや肌色をした白っぽいキノコで肉厚の傘は円形ではなく不定形で波打っています。裏返してみるとヒダではなくて針のような突起状の毛がびっしり生えているのです。父が好んで採取していたクマダケ(コウタケ)というキノコがありますが、大きさは全く違うものの形状は似ていました。そしてもうひとつクマダケと似ている点は香りが強いことです。もっとも、香りが強いと言うことが似ているだけで全く異なった香りです。クマダケの匂いは野性的で臭いと感じる人もいるかもしれません。見つけたキノコはバニラを連想するような甘い香りでした。一目惚れしやすい体質なのか、こうなると気になって仕方ないので帰宅して調べてみました。すると意外なことが解ったのです。そのキノコは、フランスでピエ・ド・ムートン呼ばれ珍重されるカノシタというキノコとそっくりでした。カノシタとは「鹿の舌」に由来しているとか。実際に鹿の舌を見たことはないものの、そう言われてみると傘の裏の針状の突起はそんな風にも見えます。犬の舌ではなく猫の舌のような感じなのです。猫舌ではないので鹿の舌もそんな感じなのでしょうか。さらに調べるとシロカノシタと言う白い品種もあるそうです。生命はどんなわけでその生命体をデザインするのだろうと不思議に思うことがしばしばあります。自然に親しみを覚えるのは、そんな生命のデザインに惹かれるからかも知れません。

 カノシタはフランス料理で利用される高級食材だそうです。まるで宝物でも見つけたような気分になりましたが、そこは気持ちを抑えて慎重にしなくてはなりません。それから二〜三年に渡って観察したと思います。ある年、意を決して採取してきました。生の状態だと脆い肉質なのに茹でることで弾力が出ます。そして茹でることで香りが失われることはありませんでした。バター炒めが美味しいとのことだったので茹でたカノシタを小さく切ってフライパンで炒めました。そして最初はやっぱり恐る恐る口に入れてみたわけです。するとバターと塩胡椒でもまずまずイケる感じでした。心配なのはカノシタではなく他の毒キノコと間違っているかも知れない言うことです。少し時間を置いてみましたが、どうやら大丈夫のようでした。少し香りが強すぎるように思いつつ、後日、肉や野菜と一緒に炒めてみた所、香りも丁度良い感じになり美味しく食べられるようになりました。カノシタはその後数年に渡って楽しむことが出来ました。
 ある年、書店で何気なく手に取った図鑑に思いがけないことが書いてあったのです。
「近年、毒素が見つかったので食べない方が無難である。」
 キノコ図鑑で食べられると書いてあっても翌年のキノコ図鑑では毒キノコに分類されていると言うこともあります。
 これまで食べていたものでも危険性があるから食べない方が良いというのは不思議です。「毒って一体何?」という疑問も浮かびます。

 山登りした時に山で出会った人に「このキノコ食べられるでしょうか?」と訊かれたことがありました。見たことのないキノコだったので「解らない」と答えましたが、ボクが大丈夫と言えば、あの人は食べていたのだろうかと思い出すことがあります。少なくても専門家レベルの人でなければアドバイスを受けることも危険ではないかと思います。
 父はキノコ採りも好きでしたが、食べ慣れたキノコ以外に手を出すことはめったになかったと思います。父が大丈夫と言うキノコでもボクにはほとんど見分けがつきませんでした。キノコ好きを自認する人であるほどに慎重であるべきだと思うのです。

 毎年、キノコ中毒の事故が報告されます。良く知らないキノコを食べるのは危険であることを忘れてはいけないのです。
 でも…写真を撮ったりスケッチしたりするのは楽しいかもしれません。
 クマとかハチとか…危険のないよう気をつけて楽しみましょう。

もくじ |  随想 

生命の源泉〜大地を食べる〜
【1】
【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】

ご精読ありがとうございました。

… ART Life …

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?