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女の嘘。

女の嘘、というと、男女間の駆け引きや恋愛話かと思われるかもしれないが、そういう話ではないと、先に註釈を入れておく。

この話は19歳の頃の体験に基づいたエッセイです。

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「こんな事言いたくないけど…」と、言ってから「犯人は“ミサ”なんじゃないかって…。それができたとしたら、ミサ以外考えられないのよね」と、遠慮がちに千夏言った。そしてもう一度「こんな事言いたくないけど」と、付け加えた。

ミサはオレが高校生の頃からずっと仲良くしてる女友達の一人だった。もちろん千夏もそうだ。そしてミサと千夏も、親しい間柄で、3人で遊んだ事もある。

そんな千夏の財布から、クレジットカードが盗まれた。千夏は高校を出て就職し、未成年だったので親の名義かもしれないが、とにかくクレジットカードを持ち歩くようになっていた。

しかし、ある日財布を開いたら、カードがなくなっていた。いくら探しても見つからないので、母親にそれを伝えると、カード会社にカードの利用停止を申し立てしたら、数日前に数万円の現金がキャッシングで降ろされていた事が発覚した。

カードが利用された日に、千夏はミサと久しぶりに会い、ファスト・フード店で食事をしてから、ミサの家に遊びに行ったという。それ以外の人には会っていない。

たしかにミサにしろ千夏にしろ、素行の良い女の子ではなかった(もちろん俺にしろ)。高校生の頃から、万引きだの、無免許運転だのの軽犯罪をやらした事はあった。

しかし、仲間同士でそんな事をするなんて、オレはにわかに信じられなかった。だから千夏の思い過ごしだろうと思った。

その翌日に、ちょうどミサに会う約束があった。ミサとは、高校卒業後も何度か会っていたが

それでも数ヶ月ぶりだったので、色々と近況を話しあった。

別れ際に「そういえば、千夏がクレジットカードが盗まれたんだって」と、オレは多少、カマをかけるつもりで言ってみた。

実は千夏から、
「それとなく探ってもらえる?まさかとは思うし、こんな事させたくないんだけど…」と頼まれていたのだ。
ミサは数日後にオレと会うということを話してたらしい。だから千夏は高校卒業以来初めて、突然オレに連絡をしてきた。

オレの何気ない言葉に対して、ミサは即座に、

「知ってる知ってる」と言った。「千夏から聞いたよ。ひどいよね。てゆーかクレジットカードって何するやつ?銀行のお金おろすカード?」

「それはキャッシュカードだよ。クレジットカードって、えっと、買い物する時に使う、カードなんじゃねえの?」

実はオレも、キャッシュカードとクレジットカードの違いを、明白にわかっていなかった。19歳のフリーターに、そもそもそんなものは縁がない。

「なんか難しそうだねぇ〜。私そんなもんあっても使い方わかんないよ〜」

と、ミサは笑いながら言って、その後千夏に対する同情っぽいことや、犯人への憤りを話していた。

(こりゃやっぱ千夏の思い過ごしだよな…。ミサはやっぱり友達のサイフからカードを盗んだりしない)

ミサの話す様子を見聞きしながら、よくよく目つきや顔つき、声色を観察しながら、オレはそう判断した。ミサは嘘をついてないと。

オレは千夏にはその日は連絡はしなかった。翌日に電話でもしようと思ったのだ。しかし、翌日に先に千夏の方から、オレに電話がかかってきた。

「クレジットカードの会社に行って、見せてもらった。ATMのビデオに、しっかり録画させてたよ…。やっぱり、ミサ、だった」

とのこと。オレは言葉が出なかった。

「暗証番号は自分の生年月日だったしね…。すぐにわかったみたい。なんかごめんね、色々と相談乗ってもらって。とりあえず、お母さんが勝手に警察に言っちゃったみたいで、向こうの親とか、その辺とさっき話してたみたい。私はもう、とりあえずミサとは二度と会いたくないし、とにかくショック…」

オレは何も気の利いた事を返せずに、その時の電話は終わった。オレも、ショックというか、信じられなかった。

数日後に千夏と会う機会があり、その後の話を聞いたら、卸したお金の分は返してもらったとのこと。

「ミサと話したのか?」と千夏に訊くと、電話で直接「ごめんなさい」と、謝罪の言葉をもらい、そして「〇〇は、この事知ってるの?」と、オレの事を気にしていたとの事だった。
千夏は「うん。全部話したよ」と言うと「そう…」と、力なく呟いたそうだ。

正直に、ミサへの怒りはなかった。ただ、悲しかった。そんな事をさせてしまう、ミサの中にある“なにか”が、悲しかった。
だから、軽蔑もしなかったし、決してミサの事が嫌いになったわけではなかった。気兼ねなく話せる、バカ話しができる女友達だったのだ。一度や二度の過ち、誰だってある。

だけど、もしもあの時「正直に言ってくれたら?」とも思った。
しかし、彼女はオレに嘘をついた。それについて裏切られた、とは思わない。千夏への謝罪の電話の話から、オレに嘘をついたことは、ミサも苦しかったはずなのだ。そんな彼女の胸の内を思い、考えれば考えるほど、オレはやりきれない気持ちになった。

以来、ミサには二度と会っていない。オレから連絡はしなかったし、向こうからも来なかった。そしてオレは数ヶ月後には街を出た。

だけど、その後もミサの事を思い出ことは度々あった。何かの拍子に「女」「嘘」という二つのキーワードが出たら、条件反射のように、あの日のミサの見事な演技を思い出す。

そしてオレはきっとこれからも、女の嘘は見抜けない男なのかもな、と自分の事を思うし、それでいいとも思ってる。女の嘘に、男は騙されるくらいでいい。

しかし、自分と関わる女性に、嘘をついてほしくはないと思う。
何故なら嘘をつくと、結局、最後は自分が一番傷つくのだ。そんな思いはさせたくないから、関わる全ての女性に、“嘘をつかなければならないような状況”を、極力作らないようにしたい。

あの日、オレはミサに対して、カマをかけるような事を言うべきではなかったのだ。何も知らぬふりをしていれば、彼女は窃盗の罪だけで、オレへの嘘で、苦しまないで済んだだろうに。

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言葉の力で、「言葉で伝えられないものを伝える」ことを、いつも考えています。作家であり、アーティスト、瞑想家、スピリチュアルメッセンジャーのケンスケの紡ぐ言葉で、感性を活性化し、深みと面白みのある生き方へのヒントと気づきが生まれます。1記事ごとの購入より、マガジン購読がお得です。

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