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不思議な話。「ひらけゴマ」

今日のお話は、2020年の1月に、自分の身に起きた出来事をノンフィクション小説に風にしたものです。もう少しこの体験の時期が早ければ、拙著「人生をひらく不思議な100物語」に組み込めただろう、ちょっとした不思議体験です。

ひらけゴマ

 ホテルの一室で、就寝の準備を終えベッドの読書灯の優しい明かりの下、本を読んでいた。

 私は寝る前は必ず読書をする。寝る前に読む本は、できるだけ難しい本が良い。しかも、多少門外漢というか、あまり興味のないようなジャンルだと尚更良い気がする。

 本の内容を理解するために頭を使い、時によっては何度か文章を反芻するようなタイプの本だ。体が疲れているところに、頭脳労働を持ち込む。早々に脳はギブアップを訴える。そこで明かりを消すと、意識の光もそのまま闇にすっぽりと飲まれ、自分だ誰だか、ここがどこだかわからなくなる。眠りに落ちる瞬間の散漫した意識と、それらすべての忘却の寸前の感覚が昔から好きだった。余韻の残らない終焉感覚。

 仕事柄出張が多いので、ホテルでのそんな夜の過ごし方はすっかり慣れている。その日もいつもと同じように、夜の読書をして、1日を締めくくろうとしていた。明日は比較的早い時間の便でチェンマイへ行く予定だった。

 うとうとしかけた頃に、ふと口の中に違和感を感じた。

 奥歯に物の挟まった言い方、なんてあるが、まさしく奥歯のあちこちに、食後すぐのような異物感があった。

 それは食べかすというより、何かの“粒”というか…。なんだろう、歯の隙間に何かがぼそぼそと挟まっている。

 舌で掻き出すようにしてから、指先と爪を使ってそれをほじくり出した。

 指に挟まったそのそれは“胡麻”だった。

 白胡麻だ。香りも胡麻だ。口の中は香ばしい胡麻の香りが広がっている。

 今日の食事で胡麻和えでも食べたかなとぼんやり思うが、とりあえず気持ち悪いのでもう一度歯を磨いた。

 さきほどは考え事しながらぼんやりと歯を磨いたから、きっと磨き残しがあったのだろう。
 
 チェンマイは、半分遊びで半分仕事。遊びの体験が、そのまま物語になったり、エッセイになり、旅紀行になる。そして、さまざまな題材へと形を変えていく。

 古い寺院を回ったり、現地の食事を楽しみながら、旅の初日をあっという間に終える。私は幸い好き嫌いというものがないので、どこの国に行ってもその土地のものを美味しくいただけるというので、現地の食事も屋台で堪能できた。

 夜はあまり出歩かなず、ホテルでのんびりと過ごす。そして海外に行こうとどこにいようと、人間は必ず眠る。そして眠る前にやることなんて大抵決まっている。いつもと同じように、シャワーに入ったり、歯を磨いたりして、スーツケースに詰め込んできた本を枕元に置き、やや照明のきついベッドの灯りで本を読み始めた。

 しばらくして、口の中に違和感があった。食後、直後の口の中の異物感に似ている。

 胡麻だった。

 確かに、今日食べたタイ料理で、胡麻がたくさん使われていたような気がする。

 私はやれやれと面倒に思いながら体を起こし、再び歯を磨き、ミネラルウォーターでしっかりと口をすすいだ。

(こんな日もあるもんだな)

 と、2日続けて胡麻を磨き残すという偶然に驚きながら、その日も本を読み、眠る。

 しかし、それは2日の偶然ではなかった。

 結果から言うとタイにいる4日間の間と、帰国し、自宅に帰ってからも数日間、私の口の中から、就寝前に胡麻が出た。

 毎日、歯磨きは徹底的にやった。磨き残しで、寝る前に二度手間はしたくないので、丁寧にデンタルフロスも使った。

 しかし、寝る前に読書していると、口から胡麻が出るのだ。

 タイにいる時なら、外国の料理なので、ひょっとしたら知らないところに胡麻がふんだんに使われていたのかもしれないと、自分を納得させていたのだが、自宅に帰ってからはさすがに不気味だった。

 例えば、朝にフルーツ。午後にサラダとパンケーキ。夜にご飯と味噌汁と鳥の唐揚げとキャベツの千切りと冷奴。

 確実に胡麻は一粒も食べていないのに、夜になると、口から胡麻が出る。

 しかも、だんだん数が増えていくのだ。最初は2、3粒の、スリ潰れた白胡麻だったのだが、だんだんと胡麻の量は増えて、10粒以上はあったと思う。しかも新鮮さがあるのか、香りもなかなかのものだった。たった今炒ってすり鉢で挽いたかのような香ばしい胡麻の香りに包まれて、就寝前だというのに、下手したら食欲がぶり返してきそうな勢いだった。

 口からゴマ…。そのことは誰にも話していなかったが、自宅に帰って3日目の夜に、さすがに妻に話した。

「はぁ?」

 と、妻は私の戯言にあまり相手にしてない様子だったが、口の中から胡麻の現物を見せるとさすがに納得した。いや、納得などできるわけがない。ただ、夜な夜な口の中から胡麻が湧く、という事実を、とにかく理解はしてくれた。

「不思議だねぇ」

「不思議だなぁ」

 理解しようとしまいと、とにかくそれしかない。不思議だ。食べてもいないものが、口の中から出てくるのだ。

 ちなみに、ただ歯の隙間に胡麻が挟まっているだけなので、別にどこか痛いとか苦しいとかというわけではないので、被害のようなものはない。歯磨きを2回して、結果としてより一層虫歯予防ができるというメリットすらあるのかもしれない。

 だけどこんな話は聞いたことがない。私も作家として、おそらく一般平均より多くは、雑学を含む不可解な話や、奇譚を知っている方だが、口から夜な夜な胡麻が湧くなど…。

「開けゴマって、言うじゃない?これから何かが開いてく、とか?」

 妻がそんなことを言うが、

「うーん、何か、人生の転機とかなのかな?でも、なんで口から胡麻?」

 何かそこに人智を超えたメッセージが潜んでいるのではないかと考えたが、わかるはずもない。

 あれこれ話し合ったが、途中から笑い話になって、結局「不思議なこともあるもんだ」という、何の結論も教訓もない結論を出してから、そのまま眠りについた。

 しかし、私は眠りにつく直前に、なぜだか漠然と、「これでもうゴマは出てこない」と、そんな気がしてしまった。

 理由はない。鋭いインスピレーションとか直感というほどでもなく、ふわっと、そう感じたのだ。妻に話したことで、ゴマは出てこなくなると。

 予想通り、翌日から胡麻は沸くことがなくなった。

「もう、出なくなったよ」

 妻に話したら、

「ふーん。よかったね」

 と、あまり興味なさそうに言われた。実際のところ、それほど本気にしていなかったのでは?

 ただ私は実に1週間も、毎晩口の中から胡麻が湧いたのだ。信じてもらえないかもしれないし、今から「ほら、見てみろよ」と、胡麻を出せるわけもないが、そういうことがあったのだ。

 ひらけゴマ。人智を超えた部分で、私の人生の何かが開いたのかどうかは、人智にまみれる私には、理解はできない。

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☆ イベント予定。
9月25日(日) 歩く瞑想の会  in 鎌倉
10月10日(月・祝)歩く瞑想の会 in 京都 男山と石清水八幡宮(募集はまもなく)
10月23日(日)『声』女性性をひらく、めぐる音楽、音体験 東京(募集はまもなく) 
11月上旬 探求クラブメンバー限定 リトリート

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