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「精神的覚醒」を求める男の話。

彼は「金があればなんでもできる」とまでは思ってないが、お金があればこの世界の大半のものは手に入ると信じていた。

「強いて言えば、時間かな。時は金なり、だよ」

ビジネスで大きな成功を収めた彼は、いつかのビジネス誌インタビューにそう答えるほど、時間を、何よりも大切にしていた。しかし、その時間も、すべてはさらなるビジネスの発展のためだった。

ビジネスが潤い、生活が潤うほど、時間が自由になる。そうなると、理想の恋人も選べる。選択肢が増えるのだ。つまり、愛は金で買えるわけではないが、恋人から結婚をする、というレベルまでなら、金の影響力ははかり知れない。

そして、子供も、金に余裕がある分、良質な教育を受けさせるし、最先端の医療を受けさせることができる。

「ほら、金さえあれば大抵のことはうまくいく。金のない奴らに限って、世の中金じゃないとか言うが、金がないと何もできないのだ。そういうバカはまずは金を稼いでから言え」

と、豪語するほとだった。彼にとって「金銭的な成功」は、幸福のための絶対条件だった。

そうやって、恋人候補の中から最も優秀で健康なパートナーを選び、子供たちには世界で最も有能な家庭教師をつけている。下の子は先天的なハンディキャップを持っていたが、それも最新医療でなんとか克服するように研究費を出し、効果を上げている。

彼は自身の立ち上げた会社の運営は部下に任せ、自動的に利益だけが彼の元の入る仕組みを作った。となると、ますます時間が自由になる。しかし、初めはそれでよかったが、やはり男性の性。何か目標を立てて、それを達成するという、ハンティングの要素がないと、退屈になった。

彼がやったことは、自分が稼ぐ、ではなく、「人を稼がせる」だ。彼は「コンサルタント」という仕事を始めた。自分が学び、実践し、成功を収めてきたノウハウを、人に教えるのだ。

全員に教えるわけではない。狭き門をくぐったものだけに、その特権は与えられる。彼のコンサルティングを受けるには、紹介性で、さらに人柄、過去の実績、そしてコンサルタント費用としての、かなり資金が必要だった。

しかし、彼の教えを受けたものたちは、次々と社会的成功を収め、彼らが彼に自己投資として払ったコンサルタント料など微々たるものだった。

なので、彼のコンサルタントは定評を受け、ビギナー用にビジネス書籍を出版し、それも大ヒットした。

彼は「金の稼ぎ方」に関しては、自身がやることも天才的だったが、それを教えるのもうまかった。そのように、彼の地位も名誉も盤石であり、人よりも多くを得て、多くを所有し、人生に勝利したと思っていた。

「すべて、思い通りだ」と、彼は自らの法則に自信を持っていた。

「目標を立て、動機を明らかにし、ビジョンを見て、そこに向かって、リラックスしながら目の前のことを一つずつこなしていく。そうすれば、すべては実現するのだ」

しかしある日、彼の信じた世界観が、まったく通用しなくなった。

政治的激変があり、社会は一時的混乱に陥った後に、世界に「富の分配」が行われたのだ。

政府はメディアを通してこう発表した。

「この世界はここ数百年、ヨーロッパのある一族に金融支配されていました。世界中の、あらゆる富の99パーセントを、この世界の1パーセントの彼ら一族とその支配下にいた者達が、すべてを所有していたのです。国家すら、彼らの持ち物でした。彼らは株式会社の仕組みや、銀行による利息の仕組みを作り、先物取引市場を作りました。そして、それをすべてコントロールし、金融によって政治も支配し、民主主義という隠蓑を作り、裏から世界を操っていました。しかし昨年からついに、彼らの犯してきた犯罪行為が明るみになり、新政府により旧体制は解体され、一族や銀行家による支配体制は終わりました。それにつきまして、彼らの富の分配が行われます。定額給付金として、日本国民一人につき800万円と、今後、毎月一人あたり30万円のベーシックインカムの導入と…」

それは耳を疑うニュースだった。国民の誰もがひっくり返る仰天ニュースであり、その一族は世界的な有名人が多数いて、実は善人のふりをした犯罪者だったので、そのファンは後追い自殺したり、暴動を起こすものがたくさんいたくらいだ。

社会は急速に変わって行った。とにかく、もう「金のため」に働く必要がなくなった。誰もが働かなくても、自由に暮らすことができた。

働きたい人、もっと金を稼ぎたい人は稼げば良かったが、稼いだからと言って、他者よりも「多くを持っている」という優越感はさしてなく、その使い道もなかった。なぜなら、全員が自由に受けれるサービスばかりになったので、金を持っていることで得られる特権が、日に日になくなって行った。

そして、そんな社会が続くと「所有」することの価値が下がった。個人所有よりも、すべて「共有(シェア)」される時代になり、やれ“いい車”、やれ“広い豪邸”に、人々は興味を失って行った。

では、この新しい社会で一番大事にされるものはなにか?

一つは「自然と環境」だった。汚染された地球から、自然の生態系を取り戻すことが急務だったし、世界的なリーダー達が率先してそれを推奨し、人々の意識を変えた。同時に、フリーエネルギー技術が開示され、石油や原子力は急速に解体された。

「お金」は交換するための道具として存在していたが、持ってることが幸せの基準ではない。なぜなら誰もがお金はあるのだ。物質的豊かさは、誰もが初めはそこに飛び付いたが、多くの人が一時的にそれを体験するが、幸福はそこにはないとすぐ気づいた。

結局のところ、人類の幸福の基盤は「精神性」になった。物質よりも、精神的豊かさが、幸福の価値観すべてだった。

人々は、こぞって瞑想をし、自然との繋がりを思い出し、目に見えない精霊たちとの交流を楽しむようになった。

しかし、精霊や、オーラのようなものを理解するのは、ほとんどが女性だった。男性は苦手だったし、感覚的な能力を身につけるのに苦労をした。なぜなら、そのようなスピリチュアルな意識は、男性的な「思考」とは、正反対のものだったからだ。

さて、そんな時代になった。

それまで勝利者として君臨してきた「彼」は、その世の中になって困っていた。まるで、充実感がない。やることがない。人よりも多くを得て、多くを所有することが生きる価値と思っていたのが、彼がたくさん得て、たくさん持っていることに対して、誰も関心をよせなくなった。

あれほど引っ張りだこだったコンサルティングは、必要とされなくなった。なぜなら、誰もが金があったからだ。ビジネス書を出してくださいと、色んな出版社が毎日オファーしていたが、それもない。なぜなら、誰も金の稼ぎ方を知りたいと思わなくなったからだ。

出版物はほとんどがアートや文学になり、音楽や芸術の価値が上がり、人気のある芸術家は行く先々で喝采を浴びた。

最も尊敬を集める人たちは、霊的マスターで、精神的指導者になっていった。彼らは、テクノロジーではなく、自身の脳の開放により、宇宙と交信し、超越した意識を持った。

彼は考えた結果「霊的マスター」を目指すことにした。今からアーティストとして成功するためのスキル(技術)を身につけるのは大変だと思ったし、なにより彼は『誰よりも自分は多くを持つ』ことを目標にしていた。マスターになり、精神的指導者として尊敬や認知を集めることで、この世界で誰よりも幸福になろうとした。

彼はまず、全財産を使って、有名なマスターと呼ばれる人に「特別扱いの弟子」として、秘伝や秘訣や奥義を教えてほしいと頼んだ。

しかし、彼らは何もいらないという。何も特別なことは教えられないという。

どのマスターにも、弟子は常に数百〜数千人ほどすでにいて、マスターたちは、彼に同じようにその末端に入り、一つずつ学びなさいとしか言わなかった。

彼はおかしいと抗議した。誰よりも金銭や、対価を払うのに、同じ扱いになるなど不服だった。自分はこれまでそうやって、選ばれた人にコンサルティングをしてきたというのに…。

しかし、それが時代の風潮なのだろう。特別扱いはされなかった。彼は渋々従うしかなかった。

毎日、瞑想や、ボディワークがあった。彼は真面目にそれをこなした。言われた通りにやった。根気強くやった。

しかし、全く精神的充足は得られず、同じ時期に始めた人たちが、徐々に精神的な波動が上がったとかで、上のクラスへ進級するのを苦い思いをしながら見ていた。

彼はいつも教師たちにこうしつこく聴いた。

「瞑想をしたらどうなるのか?」
「瞑想を成功させるためにはどうすればいいか?」
「もっとも効率よく、最短最速で覚える方法は?」
「霊的覚醒をするために一番必要な条件は?」

しかし、マスターたちから言われることは、

「瞑想したらどうなるのか?という疑問を捨てなさい」
「成功も失敗もありません。あなたにあるのは体験と、観察だけです」
「効率という概念を捨てなさい。目標も成功もないと知ることが目醒めです」

などなど、まるで話が噛み合わなかった。

しかし、それでも彼は黙々と、言われた通りにワークをこなす。

「目覚めたい!霊的覚醒をしたい!」

彼は求める。求めれば求めるほど遠ざかるが、それでも彼はやめられない。彼はそういう風にできていた。そういう思考しかできなかった。もっとも効率よく、短期間で目的を達成できる術を見つけ、それを掴み取ることこそが人生だと思っていた。

終わり

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以上の話はフィクションだが、あと数年〜数十年後には、こんな世の中になるかもしれない。

こんなTweetをして、それをストーリー化してみたがいかがだろう?

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