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美しさとは

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美しさの定義って、難しい。その時代に生きた人の価値観とともに、変わるのかもしれない。いや、まったく変わらないものなのかもしれない。美しさってなんだろう。自分に問いかけて、考えたこ…
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高貴で冷々たる美しさを、我が手中に。

スペーコラ博物館 鉱物セクション   Museo Specola - Mineralogia メディチ家コレクションメディチ家のコレクションは絵画や彫刻のみならず、貨幣、甲冑、植物、陶器と、さまざまな分野に広げていきましたが、鉱物もそのひとつ。 ヴェッキオ橋を渡り、かつてメディチ家の邸宅だったピッティ宮殿を通り過ぎ、さらに南へと進んでいくと、最近リニューアルオープンしたばかりのスペーコラという博物館があります。 ここには昆虫から大型動物までのありとあらゆる生き物の剥製が

星降る夜のイタリアから。

ブオンナターレ! Buon Natale ! メリークリスマス! フィレンツェ ピエトラサンタ ヴェネツィア

桃源郷に秘められたシンボル。

*ブーティ村 ロマネスク様式のサンタマリアネーヴェ教会 * ロマネスク様式の教会両脇がオリーブ畑の急な坂道を、えっちらおっちら登っていきます。振り向くと山に囲まれたブーティ村が日の光を受け緑に浮かんでいます。 太陽を受けた銀色のオリーブの葉がキラキラ光り、無造作に掛かる梯子は、いままで剪定でもしていたのでしょうか。時(とき)を切り取ったような瞬間。 1500年代のメディチ家が農園として別荘を作る、たぶんずっと前からオリーブオイルを生産している、歴史ある土地です。大きく畝

ステンドグラスと葡萄組合。

今回はイタリアを飛び出して、フランスのランスへとご案内します。2019年春にパリとランスに訪れていました。ランスと言えば、シャンパンの里。 ステンドグラスが発展したフランスらしく、シャンパンの里にあるランスのノートルダム大聖堂には、葡萄からシャンパンになるまでの工程が、ガラス窓に描かれています。 こちらにも大聖堂のステンドグラスを1枚だけ載せています。 丹念に眺めると、ひとつひとつの工程が細かく描かれていて漫画みたい。製作されたのは1954年なので比較的新しい作品です。

教会と光と夏至。

夏至の日は、たまたま海方面へ行っていて、サンミニアートアルモンテ教会のような夏至のスペクタクルが観れるところないか、探してみた。 あったあった! 場所は、バディア・サン・ピエトロ教会。 建立は700年代で、いまの姿は12世紀のもの。 巡礼の路といえば、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路が有名ですが、ローマへ向かう、フランチージェナと呼ばれる巡礼路がイタリアにもあります。 余談ですが、コロナ以降、イタリアは、ちょっとした巡礼路ブーム。数日かけて、巡礼地

絵画と額縁の関係

ご訪問頂いた方に質問です。 「絵を見るとき、額縁も見ますか?」 ヨーロッパで絵を鑑賞するとき、 絵の迫力に勝るとも劣らない立派な額縁が 中心の絵を支えていたりします。 額縁って、単純に木枠。 たかが木枠、されど木枠。 壁に直接描くフレスコ画から、 板絵に変わったのが1300年代。 それ以降、 額縁製作は工房の重要な仕事の1つになります。 板絵をそのまま飾るのは味気ない。 板絵を守る木枠が欲しい。 旅路には持ち運べるようにしたい。 1300年代は ゴシック教会の縮小バ

1000年前の美しさの定義。

時代ごとに美しさの定義は変化していくけれど、いま私たちが見ても、美しいと思えるもの。そんな普遍的な美しさも、また存在する。 ロマネスク時代の美の基準とはなんだったのか。1000年前に遡ってみたいと思います。ルネサンス文化が生まれる、ずっと前のはなし。 古代ローマが崩壊し、分裂、侵入の繰り返しで、暗黒といっても過言ではない、つらい時期を過ごしたヨーロッパ。 目の前が何も見えない、真っ暗な世界のなかに、一筋の希望の光として、誕生したのがロマネスク。 トスカーナ州には約40

天文の美しさに囚われたひとびと。

長い歴史の天文学。どこよりもずっと進んでいたアラブでは、天体観測器が作られ、それが欧州へと渡ります。 1334年に建立されたフィレンツェのジョットの鐘楼。塔の高さ、塔の色の美しさに目を奪われて、見落としがちな装飾レリーフ。その一枚に表わされているのが、この天文学。 壁の部分に星座が薄く彫られている。 なんという細かい仕事。 当時の天文学と占星術は、切ってもきれぬ仲。種まきも収穫も、すべて天を眺め、星の動きをもとに、時を計り、時期を知り、人々の生活が成り立っていたのです。

ローマに秘められた、天体回廊。

前回で「天文のテーマ」は終えるはずでしたが、ローマへ行く計画が浮上し、今回は引き続き第二部です。 なぜローマで第二部かというと、ローマには、科学とアートが融合した素晴らしい作品が残されているからなんです。 前回の記事のきっかけになった「アートと科学」という小冊子を、この夏に読んでいて、すごく驚く発見があり、びっくりして、機会があれば、ローマに行ってみたい!と望んでいたのです。 今回は、体験してきたことを、お話しします。 フィレンツェからローマへローマで見たい展示会が、

空間の美しさとは? Part.1

空間を知るって、どういうことなんでしょう。 紙面に縦線と横線を引けば、水平と垂直はすぐに描けるけど、奥行きはどう表現する? まずは、絵画から探ってみよう。古代ローマや、中世時代は、数学的な根拠のないまま、なんとなく奥行きがあるっぽく、こんな感じかなーと、表現していた。 なんとなくの奥行きでも、ぐっと、深みがでてくる、1300年代の絵。 マリア様と幼子キリストが座っている玉座の後ろに、聖人を重ねて描くことで、二人の背後に、聖人がいるんだなぁ。と、感覚的に空間をつかめる作

空間の美しさとは? Part.2

フィリッポなくして、フィレンツェは形成せず。 フィリッポ・ブルネレスキが、遠近法を発明したのが1416年頃。2年後にクーポラのコンクールが行われ、彼の案が採用されます。 両手放しで、喜ぶことはできない条件はあるけども、とりあえず、現場監督として、1420年からクーポラの建設が始まります。 こちらが、ブルネレスキの建築記。 中世の面影を残すフィレンツェの街に、ダイナミックでシンプルな建造物が、自己主張することなく溶け込み、新しい時代へと繋いでいきます。フィリッポ・ブルネレ

ルネサンスの寵児、フィリッポ。 空間の美しさ。Part.3

天才と呼ばれる人に共通しているのは、ゼロから1を作り出せる人ではないか。彼らの作品を通して、つくづくと感じます。 吹き抜けのドゥオーモクーポラの八角系の台座、実は、中心が合わないんです。 と丸投げされてしまい、後世の人々は困った。どう建てていいのやら、どこから手を出したらいいのや、とんとわからず。 1296年から建て始め、1380年にはクーポラ以外はほぼ完成。 途中で、黒ペストが蔓延する非常事態があったのにも関わらず、100年もかけずに、ここまで建てるなんて、フィレン

ルネサンスの寵児、フィリッポ。 空間の美しさ。Part.4

やっと、ひとりで現場を仕切れるようになったフィリッポ。 一難去って、また一難。 現場作業安全対策ガイドラインクーポラの高さ、116.50メートル。見たことも聞いたこともない、超高層。 実際に請け負う現場作業員のもっともなる意見。みんなを集めて、フィリッポが話し始めます。 作業員の皆様が、いまだかつてみない大事業を前に、不安になられるお気持ちは、よくわかります。そして、いかに困難で大変な作業になるのかも、理解しています。転落死を回避し、高層でも怖がらず作業ができるように

ルネサンスの寵児、フィリッポ。 空間の美しさ。最終回。Part.5

前回からの続きです。 フィリッポは、前代未聞のクーポラを建築するために、作業員が安全に仕事ができるように、さまざまな新しい試みを具現化していきます。 前回紹介したのは、こちら。 堅固な足場を作る クレーンを作る クーポラ専用帆船バダローネ フィリッポの革新的アイデア - 24. 石積み技術 レンガを水平に積み続けると、重みが下に向いて、重量で丸屋根が崩れちゃいます。そこで、考えられたのが、矢筈やヘリンボーンと呼ばれる積み方。これがそれ。 この積み方をもってすれば