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Web3が生み出す産業インパクトと日本企業に求められる役割

おそらく今年のキーワードになるのではないかと思われるWeb3 (Web3.0とも呼ばれます)。Web3が注目されている理由と未来にむけた個人的な展望について書きたいと思います。

Web3の原点はブロックチェーン技術が生み出す希少性

まずWeb3の原点はブロックチェーンにあります。これは、データをブロック単位で管理し、ブロック同士をハッシュ値と呼ばれるデータで繋ぐことにより、改ざんが起きないようにする技術です。この技術は2008年にサトシ・ナカモト(正体は不明)なる人物が発明し、公開されました。ブロックチェーンの技術詳細は既に色々な情報が公開されているので割愛したいと思いますが、この技術の何がすごいかというと、「無制限にデータの複製が可能」になっていたインターネットにおいて、色々な形で制約条件を科すことができる点が非常に優れているといえます。

ブロックチェーン技術が生み出した仮想通貨

この技術を活用してブロックを「通貨」として扱い、国家が持つ中央銀行が不在でも成り立つ仕組みを実現したのがビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨です。世の中で中央銀行がマネーサプライ(通貨発行量)をコントロールできるように、ビットコインやイーサリアムはその仕組みにより通貨発行量を制限することができる形になっています。偽造通貨のリスクを抑えながら通過と同じように取引ができるという訳です。

皮肉にもコロナ禍により各国がコロナ対策予算を盛り込む中で、大量に通貨を発行してしまったため、相対的に通貨への信頼性が低下し、イロモノとされた仮想通貨への注目が上がったという時期的な要因も大きいでしょう。現にビットコインは2009年に開始されていますが、2017年頃から価格が大幅に上昇し、更に2021年に時価総額が1兆ドルを突破しています。コロナ禍以前から既に仮想通貨は伸びていたので、単なる一過性の現象ではありません。仮想通貨については、既に多くの情報が出回っているので、解説はこれくらいにしたいと思います。

仮想通貨からはじまった金融産業への波及

2010年代は仮想通貨の存在が注目されてきましたが、その仮想通貨を生かす金融市場が広がってきています。「DeFi」と呼ばれ、Decentralized Finance(分散型金融)の略で、仮想通貨も含まれますが、単に仮想通貨だけでなく、金融機関が果たしている役割を代替するサービス全般を指しています。

ここからの波及市場として、例えばDEX(Decentralized Exchange:分散型取引所)という利用者同士の取引を斡旋するUniswapSushiSwapといったサービスが出てきました。またレンディング(貸付)プラットフォームとして仮想通過担保なしで借用可能なCompoundGoldfinchといったスタートアップ、更には複数の仮想通貨のアセット・マネジメントを実践するBlockfolioZerionといたスタートアップが生まれています。

本来は中央銀行を頂点として国家が管理していたはずの金融市場。その従来の金融市場とは全く別の仕組みが仮想通貨の存在を通じて生まれようとしています。ユーザー側のメリットとしては、資産を分散する観点で選択肢が増える他、トランサクションの手数料が下がるというメリットを享受することができるでしょう。

仮想通貨「以外」のブロックチェーン関連市場

一方、必ずしも「仮想通貨」だけではない分野へのブロックチェーンの応用も進んでいます。それはコンテンツやプライバシー情報を資産と見なすサービスです。

最も注目されているのはコンテンツ市場です。「NFT」はNon Fungible Token(非代替性トークン)の略で、デジタル資産とも呼ばれます。ここでは通貨ではなく、個人が生み出すアートなどクリエイティブな情報価値を守るためのマーケットプレイスを指しており、CoincheckNFTAdam byGMOといったサービスが出てきています。海外ではDapper Labsと呼ばれるカナダの企業は時価総額が1兆円近くになっています。ブログでは、価値ある文章を自身の資産として保有できるMirro.xyzというサービスが注目を浴びています。

ゲームにおいては、「GameFi」はGame Financeと呼ばれゲームのエコシステムの中に仮想通貨を組み込んでゲーム内のクリエイティブなどを売買して資産化できる仕組みなども生まれています。ベトナムではSky Mavisというサービスがブロックチェーンベースの「稼げる」オンラインゲームプラットフォームとして有名になっています。またLoot for Adventurersは「文字列」をアートとして販売できるユニークなサービスです。仕事と遊びの垣根が非常に低くなっているのが面白いところです。

また「個人情報(Privacy)」に係るのブロックチェーンによる保護などもユニークです。SNSの分野では、イーサリアムブロックチェーンを組み込み、個人情報を保護するAKASHAといったサービスが出てきています。ブラウザではプライバシーを保護するBraveというサービスが出てきています。個人情報保護技術を持つArweave、分散型アプリケーションの構築を支援するAleo、ウェブのインフラ周りの認証を行うhandshake、分散型クラウドサービスであるSolanaAlchemyなど、米国では数多くのスタートアップが出てきています。ただデータ分散によりサーバー負荷が上がりスピードが落ちるなど弊害もあるので、インフラレイヤーにどの程度普及するかはまだ未知数です。

この他にもマーケティング分野、コマース分野、データマネジメント分野、クラウドサービス分野などブロックチェーン周りのスタートアップは多岐に渡っています。かなり広範囲でテクノロジー産業全体の勢力図を置き換えるポテンシャルを持つ動きだといえるでしょう。

web3が生み出す世界の産業インパクト

これまでの具体事例で一部出てきましたが、こちらに記載されるような分野については大きなインパクトが予想されます。

【推定されるweb3の産業領域】
金融産業(DeFi)・・・通貨発行業務、銀行預金業務、銀行貸出業務、支払・送金業務、資産運用業務
クリエーター産業(NFT)・・・デジタル資産の保護、ブロックチェーン関連ゲーム、ソーシャルネットワーキング・コミュニティ
デジタルインフラ産業・・・iSP業務、クラウドコンピューティング、ウェブインフラ
個人情報・セキュリティ産業・・・個人情報保護・プライバシーインフラ、セキュリティ

ブロックチェーンのインパクトは仮想通貨や関連する金融市場が大きいことは間違いありませんが、単に仮想通貨だけに限定されない産業領域にも影響を与えつつあるということが従来と比べた場合の違いだといえます。ブロックチェーンという技術が実際に世の中に普及するまでの産業の一連の大きな変化が「Web3」である表現して差支えないでしょう。

「Web3」という表現を積極的に使うようになったのは、米国で最も有名なベンチャーキャピタルの一つとされるa16z (Andreesen Horowitz)が2021年の10月頃よりweb3に関するレポートを複数発表しており、積極的に普及活動を行っていることが背景にあるとみられます。

一方、それは結局「ブロックチェーン関連市場」と表現してしまえばよい話なのでは、という声も付きまといます。テスラのイーロンマスクやTwitterのジャック・ドーシーはこの動きを批判的に見ており、とりわけジャックはa16zをほぼ名指しに近い表現で批判しています。これは、次にお話しするビジネス「以外」のインパクトの議論にもつながっていく訳です。

長期的な社会インパクトとDAOの役割

次に、もう少し広い社会課題に目を向けてみたいと思います。ブロックチェーンのインパクトは、行き過ぎたGAMMA(GAFA の改称)の経済支配をひっくり返す可能性があるという議論です。GAMMAは早期にインターネットの世界に参入し、「ネットワーク効果」と呼ばれるユーザーが雪だるま式に増えることでプラットフォームそのものの価値が上がる優位性を生かして覇権を維持してきました。これは、Web2.0で重要だといわれていた利用者の個人情報や、CGM (Consumer Generated Media)と呼ばれるようなユーザーが金銭的な対価なく投稿するように仕向ける仕掛けをプラットフォームに作ることで成り立っており、とりわけFacebookやInstagramなどを持つMetaや、SEOと呼ばれるブログ投稿を促す検索アルゴリズムを作ったGoogleなどに代表される仕組みを指します。一度そのような覇権を確立するとひっくり返すのは容易ではありません。

そのようなプラットフォーマーによる市場寡占状態や、大手テック企業が経済を支配することへのアンチテーゼとしてweb3が注目されてきています。ブロックチェーンの活用により、コンテンツ情報や個人情報を自身が資産として所有することになります。これにより、個人が情報を奪われ、コンテンツ制作にかかる対価を得られていない状態、つまりプラットフォーマーから微妙に搾取されている現状の状態が解消するのではないかといわれています。当然この流れはGAMMAにとっては脅威にもなり得るため、今後web3企業のM&A攻勢が激化するのではないかともいわれています。

この中で注目を浴びつつあるのがDAO(Decentralized Autonomous Organization、自立分散型組織)という組織形態です。これは、組織を「スマートコントラクト」と呼ばれるブロックチェーン上の契約で合意した内容に従って個々人が活動するというものです。従来は株式会社という仕組みにおける経営メンバーを中心とした階層組織の中で社員が活動するもので、ある意味では中央集権的と表現できるのかもしれません。DAOでは、特定のピラミッドの上位者というものは存在せず、DAOの仕組みによってスマートコントラクトを起点として契約内容を履行し、その履行した対価を仮想通貨として受け取るといったモデルになります。

このモデルとして注目される切欠になったのはThe DAOという分散型のベンチャーファンド機能を持つ組織です。2016年にドイツのStock.itというスタートアップが始めたモデルだといわれており、クラウドファンディングにより1.3億ドル(約150億円)の資金を集めてスタートしました。The DAOの投資家のうちThe DAOの保有する資金に関する運営を行う「キュレーター」を選出し、The DAOが提案する投資提案を精査・選定していきます。このうち残った投資提案に対してはThe DAOの保有者が投票により決めていき、多数決で可決された案件について契約締結していく運びになります。従来のクラウドファンディングからするとベンチャーキャピタル業務を運営するにはあまりにも複雑性が高いものでしたが、そのようなVC業務をDAOによって代替していくことができるのは、ブロックチェーンや民主投票による意思決定によりスマートコントラクトの信頼性が担保されるためだといるでしょう。いつの日か「マネジメント」という言葉は死語になるかもしれませんね。

DAOの議論は先述のプラットフォーマーによる独占への懸念に加えて「株式会社」という資本主義の基礎となっているものに対するアンチテーゼとして見られています。経済格差(=ジニ係数)が年々大きくなる中で、新しい資本主義に代わる形態として注目されているのです。

ここでジャック・ドーシーによるa16zの批判の内容としては、「結局ブロックチェーン技術が個人を保護する形で使われたとしても、web3スタートアップを独占しようとするa16zの資本による支配からは逃れられない」という視点です。今後web3におけるDAOの意思決定プロセスや個人情報に関するポリシーの内容次第では、これらの議論が形骸化してしまい、あくまで資本市場の論理に則った、「見せかけの民主制度」となってしまうことを懸念しているのではないかと考えられます。ただジャック・ドーシーは最大手フィンテック企業であるSquareのオーナーでもあり、社名を「ブロック」に変更しています。水面下でブロックチェーンを巡って攻防が起きていると見てもよいでしょう。

web3の日本企業への影響と役割

米国では2010年代後半からWeb3型の(ブロックチェーンを活用した)スタートアップが多く誕生しているので、今後そのような波及効果が日本にもじわじわ出てくるでしょう。

従来のスタートアップの考え方で行けば、PMF (Product Market Fit、プロダクトがターゲット顧客に受け入れられる状態を指す)を達成したweb3型のプロダクトが多く生まれてくるはずです。ブロックチェーン技術を通じて(従来では解決できず)新たに解決される顧客課題としては、当然プロダクトにより異なりますが、大きなところでは「金融市場における選択肢の多様化による取引手数料の低減」、「アーティストの権利保護によるオンラインのクリエイティブ市場の活性化」、「個人の活動の履歴を追うことでの正当な労働対価の授受」、「クラウドコンピューティングの分散によるデータ保護」といったところのニーズは確実に掘り起こしの余地があるのではないかと思います。

当然世界の動きに日本が全く影響を受けないということはありえません。日本のスタートアップとしてはそのような流れは大きなチャンスにもつながりますし、また大手企業にとっては、スタートアップとの協業チャンスや、社内新規事業(社内起業)の機会にもなるはずです。米国を中心に先行していることは否めませんが、アニメクリエイターの多い日本市場や、個人情報の権利保護意識の強い日本においてブロックチェーンを活用したマーケットでリードできる分野もあるかもしれません。いずれにしても、web3は新しいマーケットではありますが、「勝ちパターン」は従来のプラットフォーム型のマーケットプレイスやSaaS型のモデルなどに落とし込まれるという意味では、従来のスタートアップのメソッドは概ね通用するのではないかと考えています(DAOは少し違うかもしれませんが)。

ブロックチェーンは色々な面でインパクトを与えていくことが予想され、大きな社会構造への挑戦もテーマになります。しかし、個人的にいきなり資本主義や株式会社の仕組みを崩壊させるという壮大な話よりは、徐々に変化を生み出していくと捉えた方が現実的だと考えます。その「変化」の過程で多くのビジネスチャンスが眠っているといえます。逆にweb3の流れから乗り遅れた場合は、新たに生み出されるweb3市場(金融産業、ITインフラ、セキュリティ等)のシェアを落とし乗り残されてしまうリスクを抱えてしまうことになります。2021年はDX (Digital Transformation、デジタル対応への組織変革)というキーワードが広く企業の活動に影響を与えた年でもあったように、2022年以降は「web3」をキーワードに積極的に新たな市場を取り込んでいくことは長期的な競争優位性を維持していく上でも不可欠になってゆくでしょう。

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