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欠片、何かを呼び起こす瞬間

ピカリと鈍い銀色に光る冷蔵庫の中にその大きな体ごと中までどんどん入っていくんじゃないかと思うほど、ごそごそと頭を突っ込んでスタンが長い間何かを探している。

料理をするからみんなでワインでも飲もうよと、久しぶりにフランスへ帰ってきたスタンから呼ばれ、気の置けない仲間で集まるまだ日中の明るさの名残が残る夜の始め。

朝の市場で調達してきたという食材をどしどしとキッチンの作業台に並べていくスタンの手つきは、無造作でいてけして乱暴ではなく、心地の良いリズムにのっているかのようななめらかさで、見ているこちらを安心させる。
キッチンに立つ後ろ姿は、すっと背筋が伸び、普段よりくっきりとした輪郭のように見える。北ヨーロッパの人特有の真っ白な肌の色とがっしりとした体格で何かを細かく刻んでいる様子は、普段の柔らかい彼の印象とは対照的に濃密な集中力を濃縮してできた物体のようで、プロであるということは案外後ろ姿に現れるのかもしれないな、なんてつがれた白ワインを飲みながら思う。

彼が調達してきた季節の食材たちは、濃厚なバターと絡まって、あるいは塩がほどよく効いた蒸気のなかで旨味を凝縮させて、誇らしげに次々と食卓に並べられていく。
オーブンから取り出してすぐのパンの端を引きちぎって、食卓に招かれた者たちは思い思いに出来上がった料理を堪能していく。何気なく口にいれた料理のひときれが身体の感覚を瞬時にして虜にし、目の前の友達に話しかけられているにもかかわらず、口の中に広がる快楽に集中してしまう。

一通りメイン料理を出し終えたであろう彼の様子をキッチンへ見に行く。
はい、ここが実は一番美味しい部分なんだよ、とフライパンの端に残ったこんがりとソースに絡められたアスパラガスの端っこを手づかみでわたしの口に入れる。それは少し冷めているにもかかわらず、凝縮された味の塊が口の中で溶ける。その瞬間に口に広がる快感はその夜の恍惚を予感させる。口から得る快感。身体そのものに直接作用するものを前にして、言葉はすっかり太刀打ちできなくなる。

その欠片はわたしの内側の何かを呼び起こす。遠い昔に忘れていた何か。あるいは本能に直結した愛しい何か。

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