見出し画像

37arts|おいしいボタニカル・アート 食を彩る植物のものがたり(SOMPO美術館)

英国キュー王立植物園の協力のもと、食にまつわる植物のボタニカル・アート(植物画)を集めた展覧会「おいしいボタニカル・アート 食を彩る植物のものがたり」が開催中です!

会場のSOMPO美術館は、新宿駅から徒歩5分。ガラス張りの楕円形ビル「コクーンタワー」の近く、損保ジャパン本社ビル(割り箸に力を入れたときの形をしている)に隣接した銀色の建物です。

ボタニカル・アートとは?

植物学や薬草学、博物学の研究目的で草花を描いたものをボタニカル・アート(植物画)と言います。
有名どころでは、「バラの画家」と称されるベルギーの画家ルドゥーテが、美しいバラやユリの植物画を描いています。ルドゥーテのように美しさを考慮したものもありますが、図鑑の挿絵のように形を正確に、細部を緻密に描くことが第一です。

展示作品は、もちろん英国キュー王立植物園所蔵の植物画もあるのですが、それ以外の植物画と食器類、書籍はすべて個人蔵! むしろほとんど個人蔵!
個人蔵の内訳はさまざま考えられ(研究者・監修者の個人コレクションだったり、展示のために学芸員が購入したり、遺族や友人など作家関係者が受け継いだものだったり)、今回の個人蔵とされている出品作をたった一人が所有しているわけではないと思いますが、ちょっと目を剥いてしまいましたね。

英国の食を支える野菜たち

プロローグ「食を支える人々の営み 農耕と市場」第1章「大地の恵み 野菜」では、19世紀イギリスの農業の様子を伝える絵画や版画、野菜の植物画が展示されています。

イギリスに自生していたのはキャベツやカブ、大麦などで、17世紀の大航海時代を経てジャガイモやトウモロコシ、トマトなどが流入、はじめは観賞用に栽培されたもの、栽培に苦労したものも、徐々に食材として扱われるようになりました。
イギリスのソウルフードであるフィッシュ&チップスも、はるか昔から食されてきたわけではなかったのです。

イギリスに元からある野菜だけでは、白っぽくあっさりとした味になりそうですが、カラフルで甘味や酸味がはっきりと感じられる野菜が登場したことで、食卓も華やかになったことでしょう。

魅惑のフルーツ

モモ

第2章「イギリスで愛された果実 『ポモナ・ロンディネンシス』 」では、リンゴ、洋ナシ、モモやプラム、ベリー系といったバラ科の果物を中心とした植物画が紹介されています。
『ポモナ・ロンディネンシス』とは、キュー・ガーデンの初代専属植物画家ウィリアム・フッカーによる著作だそう。

ロンドン・アップル!(イギリスの果物的な意味だと思います)
リンゴ「ヒューズ・ニュー・ゴールデン・ピピン」

全体的においしそうな果物が並びますが、なかには地味な見た目のものも。いまはスーパーで大きさや色、形の整った農作物がたくさん売られているので、見慣れない姿に驚きます。
もしかしたら原種に近いような品種で、必ずしも食用に栽培されたものではないのかもしれません。

サクランボ(左の2点)とアプリコット(右)
ベリー系

実際には見たことのない果物も、表面のシミやザラつき、葉や枝の硬さなどの精緻な表現から、質感が手に取るように伝わってきます。

モモ「グリムウッズ・ロイヤル・ジョージ」

実を割ったときの断面、花のつき方や雄しべ雌しべの構造などの部分図も、説明的に添えられています。
色鮮やかな果実の美しさを鑑賞したい気持ちもありつつ、「意外と小ぶりな実だな」「1カ所に2個実が付くのか」「葉脈が細かい」などと、植物学者のような視点で観察してしまいますね。

洋ナシ
プラム

同じ果物でも、品種によって見た目が異なります。その違いをじっくり見ていくのも本展の楽しみ方の一つでしょう。

リンゴや洋ナシも複数の種類が紹介されていましたが、特にプラムは品種による違いが目を引きました。深い赤紫から青紫、黄緑や白と、その色彩はさまざまで、大きさや形、丸みや割れ目の程度も少しずつ異なります。なかなか日常的に食べる果物でもないので、一般的なプラムが何色なのか混乱してしまいました。

ブドウ

海外貿易による食文化の広がり

第3章「茶」「コーヒー」「チョコレート(カカオ)」「砂糖(サトウキビ)」「アルコール」といった嗜好品の数々が紹介されています。
ここからは植物画だけでなく、食器類や書籍、パネルなどから、イギリスの食文化窺い知ることができます。

イギリスといえば紅茶、ベルギーといえばチョコレートと、ヨーロッパの食文化と密接に結びついている食材も、遠く海を渡って持ち込まれたのです。
17〜18世紀には「コーヒー・ハウス」と呼ばれる喫茶店で、コーヒーやホットチョコレート、お酒などが提供されました。海外からやってきた最先端のフード&ドリンクを求めて、コーヒー・ハウスには貴賎を問わず多くの人が訪れ、社交場として賑わいました。

大きめのカップと深いソーサー

会場には、ヴィクトリア朝の主婦のバイブル『ビートン夫人の家政読本』(第6章に登場)を参考に、19世紀のテーブル・セッティングも再現されています。

イギリスを代表する紅茶文化ですが、茶は中国から伝えられ、中国や日本から茶器がもたらされます。当初は湯呑みのような容器で飲まれていたものが、持ち手が付きソーサーが付き、中国趣味や日本風の絵付けから西洋風の絵付けへと変化していきました。

上記のカップ&ソーサーですが、スープカップほどの容量でソーサーの深さもかなりあるので、熱々の紅茶をソーサーにあけて冷まして飲んでいたときの形状なのかなと思いました(予想なので違うかも)。
スープはスプーンでいただくのに、紅茶はソーサーからすするのを下品とは思わなかったのでしょうか。

↓こういうことらしいです(丸投げ)

アーツアンドクラフツ様式のテーブル・セッティング

時折、作家名に「インドの画家」とある作品が展示されていて、少し不思議に思いました。確かに、緩急のない線と濃い色彩には、インドらしさを感じさせます。
解説によると、これは東インド会社が取引先のインド人に描かせたのだそう。

世界史と美術史が結びついた瞬間、奥行きのある鑑賞体験になりました。

家政は家の政(まつりごと)

6人家族のディナーを想定したテーブル・セッティング

第4章「あこがれの果物」では、スイカやオレンジ、ココナツといった異国の果物、第5章「ハーブ&スパイス」では、薬や食材の保存・調理に使用する植物が並びます。
オレンジやレモンといった柑橘系はヨーロッパに自生していそうですが、ヒマラヤからイスラム経由でヨーロッパにもたらされました。

レモンは紅茶にもお菓子づくりにも欠かせない食材ですし、ハーブやスパイスも日々の料理に役立つものですよね。そうした植物の利用方法を記したものが、次章で取り上げられています。

第6章「ブレジア=クレイ家のレシピ帖と『ビートン夫人の家政読本』」では、1861年に出版された『ビートン夫人の家政読本』や18世紀のブレジア=クレイ家のレシピ帖などから、イギリスの中産階級の食卓を紐解きます。

この『ビートン夫人の家政読本』ですが、サイズ感と厚みは広辞苑そのもの!
料理や掃除だけでなく、家の設え、家庭菜園や畜産(ニワトリなど)、子育てなどの家庭内の人間関係まで、びっしりと記載されているのです。
家事を担うには、ものすごい知識と労力、判断力……その他諸々を要するものなのですね。

ビートン夫人は、「主婦は軍隊の司令官や企業のリーダーのようなものである」と述べています。

“As with the commander of an army, or the leader of any enterprise, so is it with the mistress of a house.”

Amazonの書誌紹介より

私も家政は家の政(まつりごと)であり、家庭を国に例えるなら、家事を担う人は内政を担当しているようなものだと思っています(外に働きに出るのは、外貨を稼いでいるイメージ)。
そうした視点で見ると、主婦が担う領域広すぎでは?

一粒で二度おいしい!

お茶の実だそうです

図録には、出品作品の図版のほか、イギリスの食に関するコラムやレシピも掲載され、イギリス全般に興味のある方も楽しめる内容となっています。ショップのあるエリアにもお菓子のレシピが紹介されていました。
私もイギリスの食文化を持ち帰りたくて、マスカットフレーバーの紅茶を購入しました!

美しいボタニカル・アートを愛でながら、イギリスの食文化に触れる。
植物好きにもイギリス好きにもオススメな、一粒で二度おいしい展覧会でした!


常設:リンゴとカボチャ

ポール・セザンヌ《リンゴとナプキン》

常設にはSOMPO美術館の顔であるゴッホ《ひまわり》、ポール・セザンヌ《リンゴとナプキン》も待っています。

東郷青児《カボチャ》

また、洋画家・東郷青児のコレクションでも知られるSOMPO美術館。この日は企画展にちなみ、カボチャを描いた水墨画が展示されていました。
スラリとしたプロポーションにサラサラの白い肌が目を引く、モダンな女性像を得意とした画家だけに、意外な作品との出会いでした。

よろしければサポートをお願いいたします。いただいたサポートでミュージアムに行きまくります!