ショートシナリオ「これが死神の生きる道」

昔書いたシナリオの一つ。テーマは「親子」。親子の対立、葛藤を浮き彫りにするためにあえて虚構の世界を設定してみた。案外テーマ性の強い内容になったが、当時はそういうのあまり書かなかった。改めて読むと、それなりに普遍性は感じるが、自分のいまいちいけてないセンスが所々に出てるなと思う。鎌を持つ死神って、かなりステレオタイプだし。

■登場人物

三木坂純也(29) 無職
三木坂浩一(59) 純也の父
三木坂朱美(54) 純也の母

■本文

○アパート・全景(夜)
   築三十年ほどの古びたアパート。

○同・室内(夜)
   ぎしぎしと天井の梁がきしむ音。
   薄闇の中、男の両足が宙に揺れている。
   窓から月明かりが差し込み、首を吊った男のシルエットが壁に映る。
   シルエットから、ぼんやりとした光の塊が出てくる。
   そこに現れるもう一つの陰。
   鋭利な刃物の音が響き、
   三日月形の影が光の塊を鋭く引き裂く。

○三木坂家・全景(夜)
   ガレージ付きの一戸建て。

○同・ガレージ(夜)
   車庫を改造した作業場風。
   壁に三本の大きな鎌がかかっている。
   それを見ている三木坂純也(29)。
   パーカーにダボダボズボン。
   三木坂浩一(59)が、作業台の上で一本の鎌を熱心に研いでいる。
   薄い頭髪、黒眼鏡にワイシャツ姿。
純也「いい加減認めてくれてもいいじゃん」
三木坂「駄目だ」
純也「(ため息をついて)今どきいないよ。
 後継いでくれる息子なんか」
三木坂「継いでくれなんて頼んだ覚えはない」
純也「あのさ、古いんだよ、やり方が」
   三木坂、鎌を研ぐ手を止める。
純也「高齢化社会ってヤツ?
 ほっといたらみんな長生きしちゃうんだから」
三木坂「長生きのどこが悪い?」
純也「人が死んでなんぼの商売でしょうが」
三木坂「馬鹿野郎!
 命の尊さが分からん奴に家業を任せられるか」
純也「そんなこと言ってっからよそに足元すくわれんだよ。
 工藤さん笑ってたよ。『三木ちゃんの鎌にはハエがとまる』って」
三木坂「(むっとして)……お前こそ、歌手になる夢はどうしたんだ?」
純也「は? 歌手じゃねえよDJだよ」
三木坂「どっちでもいい。威勢よく家を出ていったくせに、
 今さら戻ってくるなんて、虫が良すぎるんじゃないのか?」
純也「(言葉に詰まり)……」
三木坂「29にもなって、定職にも就かずフラフラするだけ。
 何一つ自分で成し遂げたことがない。
 甘えるのもいい加減にしろ」
純也「……うるせえなあ」
   純也、ドアをバタンと閉めて出て行く。
三木坂「(手元の鎌をじっと見て)……」
   苦しそうに咳き込む三木坂。

○同・リビング(夜)
   洗い物をする三木坂朱美(54)。
   純也が入ってきて、つぶやく。
純也「……話になんねえよ」
朱美「お父さん、頑固だからねえ。
 こうと決めたら意地でも譲らないとこあるから」
純也「あんな堅物と一緒にいて、母さん息苦しくならないの?」
朱美「死神の妻だもの、それはもう覚悟が違うわよ。
 でも、あれで丸くなった方なのよ」
純也「マジで?」
   純也、苦い表情で頭をかきむしる。
   時計の針が23時半を指している。
朱美「あらやだ、もうこんな時間。
 無理しちゃ駄目だってあれほど言ってるのに」
   朱美がリビングを出ていく。
純也「こうなったら実力行使だ……」
   純也、独りでつぶやく。

○空(朝)
   小鳥のさえずり。

○三木坂家・リビング(朝)
   朱美が朝食の準備をしている。
   三木坂はテーブルで新聞を読んでいる。
   純也が入ってくる。
   大きな灰色の袋をどさっと床に落とす。
純也「これ、刈ってきた。……十人分」
朱美「すごいじゃない、ね?」
   朱美、嬉しそうに三木坂を見る。
三木坂「勝手なことを」
   三木坂、苦々しい表情。
三木坂「……鎌は研いでおけよ」
   三木坂、リビングを出ていく。

○駅のホーム
   電車を待つ人々。
   純也が辺りを物色している。
   大きな鎌の入った細長い袋を背負っている。
   一人ポツンとホーム際に立っている学生風の若い男を見つけると、
   そっと近寄る。
   背中に手をかけようとした瞬間、誰かにその手を捕まれる。
   はっと振り返る純也。
   三木坂が渋い顔で純也をにらんでいる。
三木坂「……そんなことだろうと思ったよ」

○電車・中
   並んで座っている三木坂と純也。
   鎌は荷台に置かれている。
純也「……みんなやってることじゃん」
   ふてくされている純也。
三木坂「うちでは認めん」
純也「父さんだって知ってるだろ?
 ここ数年でどれだけ自殺者が増えてるか」
三木坂「(顔をしかめて)情けないことだ」
純也「刈りやすい奴から刈っていく。
 ……最近参入してきた連中のやり口だよ」
三木坂「道端の雑草じゃないんだぞ。
 命を粗末に扱うのは二流の死神だ」
純也「食うためには仕方ないだろ」
   電車が駅に止まり、乗客が入ってくる。
   三木坂、妊婦に席を譲る。
三木坂「お前も、譲らんか」
   三木坂、近くの老婆に純也の席を促す。
   三木坂と純也、吊革につかまりながら、
純也「もう昔とは考え方が違うんだよ」
三木坂「自分が生きるために人を死に追いやっていいわけがないだろう」
純也「それは人間の理屈だよ」
三木坂「われわれだって人間だ」
純也「人間じゃねえよ、こんな惨めな生き方」
三木坂「惨めとは何だ!」
   三木坂、純也をにらみつける。
純也「父さんのせいで、
 今までおれがどんな扱い受けてきたと思ってんの?」
三木坂「……何だと!?」
純也「実家が死神業ってだけで疎まれて、友達はできない、
 女にもモテない、仕事も続かない。
 チャンスさえ与えてもらえない」
三木坂「被害者ぶるんじゃない!」
純也「被害者だろ? おれ、何か悪いことした?
 何もしてないじゃん。何でこんなに嫌われてんの?
 分かんねえよ教えてくれよ!」
三木坂「お前……」
   老婆と妊婦が心配そうにちらちらと二人に視線を投げている。
純也「だから、見返してやりたいんだよ。
 おれを馬鹿にした連中なんか、死んでしまえばいい。
 もともと汚れてんだ。
 今さらどんな汚い手を使おうが関係ないじゃん」
   三木坂が純也の襟首につかみかかり、
三木坂「何てことを……ううっ」
   三木坂、純也に倒れかかる。
純也「(うろたえて)と、父さん!?」
   三木坂「(顔を歪ませて)……か、母さんを呼べ」
   足元から崩れ落ちる三木坂。

○病院・全景(夕)

○同・室内(夕)
   ベッドで寝ている三木坂。
   そばには心音計。電子音が響いている。
   朱美と純也が三木坂を見守っている。
純也「……母さんは、知ってたの?」
朱美「(頷いて)お父さん、心配かけたくなかったみたい。
 純也には黙ってろって」
純也「(じっと三木坂を見て)……」

  ×  ×  ×

   パイプ椅子に座った純也が、鎌にもたれかかってうとうとしている。
朱美「……純也、起きて」
   朱美が純也の肩を揺する。
   はっと目覚める純也。
朱美「……お父さんが、話したいって」
   朱美、泣きはらした顔で洟をすする。
   純也、三木坂のベッドに近づく。
   三木坂、弱々しい視線を向ける。
三木坂「(か細い声で)父さんは、もう死ぬ」
純也「え?」
三木坂「死神なんだ。自分の死ぐらい分かる」
純也「何、言ってんだよ」
三木坂「すまなかったな。今まで苦労かけて」
純也「……」
   朱美、嗚咽を洩らす。
三木坂「間もなく連中がやってくる」
純也「連中って……?」
三木坂「父さんの魂を刈りにくる」
純也「……! そんな……」
三木坂「(純也が持つ鎌を見て)奴らにやられる前に
 ……お前が私の魂を刈るんだ」
純也「え!? ……おれが?」
三木坂「今のお前にとって必要なことだ」
   心音計の電子音が速くなる。
   うめき声を洩らす三木坂。
   体からぼんやりと光る物体が出てくる。
純也「父さん!」
三木坂「親の魂を刈れば、その重みがお前にも分かる」
   窓から三人の男が三木谷を覗いている。
   みんな大きな鎌を持っている。
三木坂「……後は、頼んだぞ。早くやれ!」
   三木坂が純也に叫ぶ。
純也「……できないよ、そんなこと」
   純也の顔が苦痛でゆがむ。
三木坂「その気持ちを忘れるんじゃない」
   三人の男が窓をドンドン叩く。
   朱美が純也を見つめ、静かに頷く。
   純也、苦悶の表情で鎌を構える。
   鎌を持つ手がぶるぶると震えている。
純也「父さん、今まで反抗ばかりして、ごめん」
   三木坂、微かに笑顔を浮かべ、
三木坂「お前はお前の人生を、前を向いて堂々と生きろ!」
   純也の頬を涙が伝う。
   目をつぶり、迷いを断ち切るように集中する。
   純也、落ち着きを取り戻し、
純也「ありがとう……父さん」
   純也、三木坂めがけて鎌を振り下ろす。


■まとめ
・原題「魂刈り(たまがり)」。
・「命を大切に扱う死神」という設定ができた後はすんなり書けた。
・再掲にあたりタイトルとラストを修正。
「生きろ」というメッセージを入れたかった。
・シナリオ仲間には、鎌持ち歩いて平気なの?とか、どうやってお金もらうの?とかいろいろ突っ込まれた。

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