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★『すばらしいとき』ロバート・マックロスキー

自然の営みと共に流れる時間を、彩り豊かな絵と、 詩のような言葉で美しく表現した作品です。

数ある絵本の中でも、ひときわ大判のこの作品は、手に取るとずっしりと重いのですが、その表紙には、岸辺近くの青い海を走るヨットと、それを巧みに操る女の子二人の姿が色鮮やかに描かれていて、潮の香りが風に乗って軽やかに漂ってくるようです。

そしてページを繰っていくと、そこには見開きに大きく島々を空から鳥瞰した風景が広がります。この風景──ペノブスコット湾に浮かぶ島こそが、この『すばらしいとき』の舞台にほかなりません。

『すばらしいとき』ロバート・マックロスキー

季節は早春の霧の朝、二人の女の子が海辺から聞こえる音に耳を澄まし、
林の中で春の訪れを悟って芽を出した羊歯の育つ気配を感じています。

物語はこんなふうに、海辺の自然の中の生命の息吹とともに、静かに始まります。

やがて完全に夜が明け、霧の幕が上がり、そこには見渡す限りの青い水。
そして季節は本格的な夏に移ります。
この夏こそが、島での生活の本番なのです。

作者は夏の日をすごす海辺の自然の表情を、五感をふるに働かせて感じとり、きめ細やかに表現しています。
そして夏の盛りは過ぎ、生き物の移動とともに、海辺はその表情を変えていきます。

季節の移り変わりの象徴である嵐の到来。
今度は嵐が近づくにしたがって変化していく島の表情や生き物の様子、
嵐に備える人々の行動が一つ一つ丁寧に描かれていきます。

嵐が過ぎ去ると季節は変わり、人々が島と別れを告げるときがおとずれます。
物語の最後のページでは、夕暮れに浮かぶ島影を望みながら去っていく、
小さなボートが、今まさに視界から消えていこうとしているところが描かれています。


この作品はこんなふうにそのあらすじを書くと、嵐が来るほかは、大きな事件があるわけでもなく、ただひと夏の島の様子、自然にあふれる島での人々の生活を描いただけの物語のように思われるかもしれません。

しかしそれだからこそ、自然本来の生命の営み、その息遣いそのものが感じられ、また、その息吹を全身で感じ、それに従って生活する時間こそが、人間の生きるべきほんとうの時間であることが感じられるのです。

それは時計の刻む均一で便宜的な時間でも、人間の都合で操作できる時間でもなく、ときにはゆっくりとかすかに、またときには爆発的に急激に流れていくものだということを、この作品は静かに語っているようです。

また、嵐の後に子どもたちが見つけた太古の貝塚は、人々がはるか昔から自然とともに時を歩んできたことを教えてくれます。

そして、自然から遠く離れ、一分一秒単位で生きる私たちに対して、自然の一部として生まれ、体の内側に、忘れることのできない刻印として刻まれている生命の鼓動という「すばらしいとき」を、人間が生きるべきほんとうの時の流れなのだと思い出させてくれるのです。


夏という季節は、時計によって計られる日常の社会的時間、そして私たちが日々見つけ続けている「現在」という切り離された細切れの時間から解き放たれやすい季節です。
自然の営みと共に流れる時間を、この絵本は詩のような言葉で美しく表現しています。

いつもより長い休暇、家族や親しい人といっしょに自然と触れ合う数々の機会、そして過去や未来に思いを馳せるにふさわしい行事──日常の時間から、少しだけ自由になれるこの季節に、自然の生み出す時間に抱かれて過ごしてみたくなる、そんな思いに私たちを誘ってくれる一冊です。

作者のロバート・マックロスキーは、『かもさんおとおり』で、1942年度の絵本の賞、コールデ・コット賞を受賞していますが、1957年にこの『すばらしいとき』で再度、コールデ・コット賞に輝いています。

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