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★『にぐるまひいて』ドナルド・ホール 作/バーバラ・クーニー 絵
自然の恵みの中で静かに穏やかに、
しっかりと大地に根差して生きる人びとを描いた絵本
一年の始まりは、今では日本でもそうですし、世界の多くの国での共通暦として一月一日に始まります。
それでも日本やアジアの国のなかには、季節に寄り添った旧暦という美しい習慣もありますが、一年の始まりを別な季節から始める暮らしは、今ではごく限られた人々の習慣なのかもしれません。
一年が秋から始まる人々の暮らし──それが、自然の恵みを受け、自然とともに農村で生きる人々の暮らしです。
![](https://assets.st-note.com/img/1671693928917-ckhjRV3U4d.jpg)
この『にぐるま ひいて』という絵本は、その巻頭に
「人びとの生活と 自然のために」
と献辞があるように、自然の恵みの中で静かに穏やかに、しっかりと大地に根差して生きる人びとを描いた絵本です。
物語は、10月、自然の恵みと人びとの営みによって収穫されたものを、とうさんが荷車に積み込むところから始まります。
とうさんが刈り取ったひつじの毛からは、かあさんが糸を紡いで、ショールを織り、むすめはその糸で手袋を五組編みました。
亜麻からはリンネル(布)を仕上げ、とうさんは、屋根板を切り出し、むすこは白樺でほうきを仕上げました。
その他にも、ろうそく、がちょうのはね、食べ物は、野菜と果物、はちみつ、かえでざとう…すべて、家族みんなで力を合わせて育てたり、作ったりした農作物や雑貨です。
とうさんは、これらを全部、牛の引く荷車につめて家を後にして、10日もかけて、市場のある街へ到着しました。
そこで、品物全部、荷車と牛さえも、とうさんはお金に変えるのです。
そして、そのお金で、鍋や針やナイフ、そしておみやげのはっかキャンディーを買うと、家族が住む家へと帰路につくのでした。
季節は冬へと向かいますが、家族の営みはここからまた始まります。
むすめは針で刺繡を始め、息子はナイフで木を削り、とうさんは、新しい荷車を作り始め、かあさんは、また亜麻をリンネルに仕上げ、3月、4月、5月…温かくなるにつれて、農作業が始まります。
こうして季節の移り変わりとともに、家族の生活は静かに、しかし自然の恵みに支えられ、しっかりと守られて成立しています。
この絵本に描かれた人びとは決して多くを所有している人びとではないかもしれません。
そして、自然と共に在る生活は、自然の厳しさもまた避けられない生活ともいえます。
その部分は、この物語の中では描かれてはいません。
この絵本を読む(読んでもらう)小さな子どもたちが、そのような葛藤を自分の問題として意識し、決断するのは、まだ先の年齢の課題、また先の物語、ということなのだと思います。
この作品は、人間の生活を根底から支えているかけがえのないものの在り処を、とてもシンプルに力強く、美しい絵と言葉で表現した物語です。
もちろん、誰もが同じような生活を送らなければならないわけではありませんが、このような生活を送ることができる人は、自然の中の一員として生きる生物としての力、本当の生命力を持つ存在だと思います。
絵本の舞台は、とうさんが向かった場所がポーツマスであることから、アメリカ北東部に位置するニューイングランドと呼ばれる地域、ニューハンプシャー州あたりだと推察されます。
作者、ドナルド・ホールによると、この物語は、この地域で、代々語り継がれてきた物語とのことです。
また、バーバラ・クーニーの素朴なタッチの色彩豊かな絵が素晴らしく、古き良きアメリカの風景は、絵本としてだけでなく、一枚の絵としての鑑賞に堪えうる作品だと思います。
1980年度のコルデコット賞受賞作品です。
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