★『神の道化師』トミー・デ・パオラ
他者のよろこびを糧に生きた人がおこした、クリスマスの奇蹟の物語。
12月に入ったので、クリスマスの絵本を紹介したいと思います。
クリスマスの絵本には、とても素敵な作品がたくさんあるので迷ったのですが、現在私が知っている中で、一番心に残った作品をご紹介します。
このお話は、正確にいえばクリスマスのお話ではありません。
それはこの本が神さまやクリスマスの由来について直接書かれたお話ではなく、またクリスマスを迎える子どもたちの楽しいお話でもないからです。
この物語は、親も無く貧しく生まれ育ち、孤独の中で生涯を送った一人の旅芸人の物語です。
舞台はイタリアのソレント。
親も無く路上で暮らす小さな男の子ジョバンニは、ある特技を持っていました。
それは「なんでも 空中になげあげて、お手玉のようにくるくる、じょうずにまわすこと」。
ジョバンニは、この特技によって、旅芸人の一座に加わり、やがて一流の道化師として、多くの人の喝采を浴びるようになります。
ジョバンニはあらゆるものをまわします。
まずは棒、次は皿、そしてこん棒。
棒の上に皿をのせてまわすことだってできます。
さらには輪、燃えているたいまつまでも、彼は巧みにあやつることができるのです。
最後にジョバンニが取り出すのは、赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫…とまるで虹の色のような鮮やかなボールです。
それを次々と投げ上げ、くるくると見事にまわします。
そしてクライマックスは「空にかがやくお日さま」です。
金色にかがやく「お日さま」のような玉を、他の6色の玉と一緒にまわし、最後にはどれよりも高く、速く投げ上げてみせるのでした。
ジョバンニは大喝采を浴びて、文字通り、人生の絶頂期を迎えます。
そして彼は旅芸人一座を離れて独立し、諸国を巡り、貴族や王族の前で芸を披露することもありました。
ある日、旅の途中でジョバンニは巡礼する二人の修道士に出会います。
そこで彼は修道士たちに、次のように言われるのです。
それに対してジョバンニは、自分はただ、お客さんに笑って拍手していただくために、やっているだけだ、と答えます。
年月は流れ、やがてジョバンニも年老いて、彼の自慢の芸も、身体の老いとともに、衰えていきます。
彼は芸の失敗を機に、道化師としての仕事に見切りをつけて、生まれ故郷のソレントへ帰り、聖フランシス教会に身を寄せます。
そしてクリスマスの夜、ジョバンニが見たのは、大勢の村人からの捧げものの前で、「かなしそうに」座るイエス様の像でした。
そんなイエス様に、ジョバンニは、彼が出来る唯一で最高の芸を披露するのです。
それは「これまでにないほど、すてきなできばえ」の芸でした。
そして芸を終えたジョバンニは…。
どんな人にも老いはおとずれ、人が一生の間に成せることは、ほんとうに限られたことにすぎません。
最初にこの絵本を読んだときには、やはり老いるということの残酷さ、そして人の一生の儚さが感じられ、決して明るい気持ちにはなれませんでした。
それでも、何故か嫌な気持ち、やるせない気持ちがおこることはなく、何度か読み返すうちに、主人公のジョバンニに対する共感の気持ち、さらに彼の一生は、むしろ何にも代えがたいものだったのではないか、という想いに至りました。
「芸」というものは、たしかにそれ自体お腹の足しにはなりませんが、ある意味、物質的な価値とは切り離れて、人と人が共有できる歓びの時間であり、むしろ、人生の苦しみや辛さをひととき忘れさせてくれ、また次の日を迎える勇気を与えてくれる至福の時間なのかもしれません。
ただ、自分のできること、好きなことを一途にやり遂げ、周りの人だけでなく、神様までも笑顔にしたジョバンニの一生の重さとその意味を、シンプルな物語として語りかけたこの絵本は、子どもたちに対しても、きっと印象深く、心に残るのではないでしょうか。
ジョバンニの「芸」は、他者に捧げられた純粋な贈り物であり、それだからこそ神さままでも、にっこりとほほ笑まれたのではないかと思うのです。
小学校高学年の子どもたちと一緒に、この絵本を読んだ時、読んでいる途中と、読み終わってからしばらくの間の、張りつめた時間を、忘れることができません。
この物語は、作者の完全な創作ではなく、古くから伝わる民話だそうですが
(フランスの小説家・アナトール・フランスが書いた物語「聖母の軽業師」が元になっています)、奇蹟の物語でありながら、宗教的な教義・教訓の物語というより、一人の人間の生きた軌跡を深い敬意をもって描き、それを讃える物語として描かれているように思えます。
そしてそれは、ストーリーの部分だけでなく、素朴でありながら、きちんと調査して時代考証に基づいた絵によって表現されていることが、子どもたちに対しても、きっと印象深く、心に残る理由になっているのではないでしょうか。
特に物語の終盤の、ジョバンニが虹色の玉を投げ上げる場面は、徐々に玉の数が増え、その輪がだんだんと大きく高くなっていく過程が描かれ、この場面は、言葉を読んでも絵を見ても、徐々にスピードを上げてクライマックスへと高まっていく様子が、ジョバンニの鼓動とともに、こちらの鼓動も高まるほど、スリリングに描かれています。
作者のトミー・デ・パオラは、少なくとも日本で紹介されている作品の多くは、面白い昔話、滑稽譚といってもよいような内容の絵本なのですが、その意味でもこの『神の道化師』という作品は異色といえるでしょう。
この絵本の冒頭の「作者ノオト」と題された前書きの中で、パオラは「わたし自身の人生経験とかさねあわせ、心をこめて語りかえました」と語っています。
ユーモア作家・パオラが、めずらしく(!)どうしても子どもたちに向けて真剣に語りたかった、人生の本質を描いた物語です。
原作ともいえるアナトール・フランスの「聖母の軽業師」も読んでみたので、その比較から感じたことなどを、また後日機会があれば、お話させていただければと願っております。
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