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個性を表現すること

 ありがたいことにオーダー作品も70作に到達しました。ここ何作かはまとまったタイミングでドッと注文が来たので、一気に駆け抜けた感じでした。今は71作目が控えています。

 注文と共にいただいたモデルの写真やプロフィールを見ていると、本当に一匹一匹が個性豊かです。ペットと飼い主だけが共有する物語や関係性があり、とにかくとても愛されていることが分かります。

 ナンバーを振っている「歩兵・騎兵」シリーズのオーダー作品は、構図・向き・ポーズ固定という特徴があります。作品は単体で仕上げていますが、一枚一枚の積み重ねが、一匹一匹の兵士たちが、いずれ大きな集合体、整然と並ぶ「軍隊」になるようなイメージを持って描き続けています。

 それを実現するためには統一感を持たせることが必要です。そのため上記のような特徴、構成上の制約をつけることで「没個性」的な仕上がりになるようにしています。

 目立って欲しいとか違いを持たせたいと思うのが飼い主心もとい親心かなとも思いますが、そこを抑えているのはシリーズの統一感を崩さないことの他、「個性」というものに対する個人的な思いがあります。

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 私は画家の傍ら、美術教員の仕事をずっと続けてきました。以前も別の記事で触れたことがあります。これまで公立、私立、中学、高校など色々なところを渡り歩いてきました。複数の学校を掛け持ちした時期もありましたが、今は公立高校1つだけ。細々と続けています。

 教育現場では...というか現場に限らず世間一般の認知として「個性の尊重」なるスローガンはもはやわざわざ掲げられることすらないほど、当たり前のものになったように思います。個性を伸ばす。生かす。個に応じた指導―――しかし学校は集団生活の性質が良くも悪くも強いので、この理念とはたびたび衝突したり、そもそも矛盾していたり、真面目に考え出すと一筋縄ではいかないところがあるようにも思います。

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 学校には毎年たくさんの生徒が新しく入ってきます。私は人の顔と名前を覚えるのはけっこう得意だと自負しているのですが、それでも新年度に新しい顔ぶれの生徒たちを見るたび「見分けがつかない」「覚えられる気がしない」と多少尻込みをしてしまいます。髪の毛に規定があったり、制服のある学校だとなおさらです。話してもいないので人柄も勿論分からない。なんだかんだで夏休み前までにはほぼ覚えられるのですが。(コロナ禍のマスク生活は正直厳しい...)

 作品や授業の様子を見たり、コミュニケーションを取っていくうちにひとりひとりの好き嫌い・得手不得手・性格などが少しずつ、こんがらがった糸がほぐれていくように分かってきます。横並びの生徒を大勢見る中で小さな発見を積み重ねて人柄をぼんやりと掴んでいくと、個性というのは差分というか、さりげなく存在するものなのだなぁと実感します。

 見た目が奇抜だったり、キャラクターが独特で目立っていたりする人は早い段階から顔と名前を覚えられます。そういう人のことを「個性的」と形容してしまいがちなのですが、「覚えられやすい人」と「個性的な人」は違うのではないかという気もします。得てして個性は集団の中で競うように発揮するものだったり、努力して磨くものという方向で解釈されがちです。他人より目立ったり抜きん出たものがあれば得をすることもあるというのは確かですが...

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 誰一人同じ人はいません!オンリーワン!...と謳うだけならとても簡単です。しかしそのような理屈があることと、実際に目の前の一人一人がどうオンリーワンなのかが分かるようになることは別です。

 「個性」は誰しもが初めから備えているものですが、それを理解する上では、接触回数の増加によって対象への愛着が増すと違いを見抜けるようになる...ということが肝要だと思います。

 幼児の集合写真から親が我が子をすぐに探し出せるように。一見すると区別がつかないような集団の中からも、特定の個体を探し出すことが出来るようになること。誰かにとってはその他大勢の中の1人も、他の誰かにとっては特別な1人であること。誰から見ても目立つ場所ではなく、知る人ぞ知る場所にひっそりと輝くもの。

 これは対人に限らず、植物に精通した人が野草を見てすぐに何か言い当てることが出来たり、ソムリエがワインのわずかな味や香りの違いを当てることが出来るのと同じようなことだと思います。個性は何かと何かの関係性、愛着の中で成立する技術的なものと捉えられるかもしれません。

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 画一的な括りの中にこそ「個性」を見出すことが出来る―――教職の経験から学んだ...というか確信したこのことが、オーダーの「歩兵・騎兵」シリーズに統一感を持たせ、敢えてモデルのペットたちのオリジナリティを強く押し出さないようにしていることとも繋がっています。

 この先、作品が増えれば増えるほど、モデルとなったペットは大軍の中に埋もれていきます。そのうちきっと似たような毛色、柄のそっくりさんも出てきます。しかし埋もれれば埋もれるほど、1匹のモデルの特別感は相対的に輝きを増すだろうと思います。

 誰かにとってはその他大勢の中の1匹も、他の誰かにとっては特別な1匹。分かる人には分かる違い。自分だけが知っている魅力。競い合うような華々しい独自性よりも、わずかな差分にニヤニヤ出来ること。そういうささやかな喜びが持てる作品群にしたい。これがシリーズを通して表現したい「個性」です。

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 画集4巻が出せる80作まであと少し。その先に目指すは100作。47都道府県制覇です。これからも徴兵の輪が広がりますように!


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