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『ラークシャサの家系』第18話

◇「中間報告会」

 指宿 巌(いぶすき いわお)。武蔵ダイカスト工業株式会社代表取締役社長、実のところは内閣府 大臣官房 総務課の参事官補佐。一見、飄々としているが、極めて計算ずくで抜け目のない男。悪い人間ではないが、どこか気を許せない存在。いつも一歩下がって物事を客観的に観察し、自分の出番になると正しいタイミングで前に出てくる。今回も見事で完璧な所作。

 おもむろに立ち上がり、なぜか歩き始める指宿社長。往年の刑事ドラマを彷彿させるシーン。そして、今までに起きた事実を、プロジェクターの画像に合わせて、淡々と語り始めた。
「さて、コトの発端は、このトレーナー。”野川桜子と松下玲子のあひるっ子トレーナー”、これを斉藤和也と上野英が、4月4日のライブ会場で購入直後、山崎正が二人から強引に奪った、つまりカツアゲですね、その行為から事件が始まりました。」
「社長~、カツアゲって何ですか~? 若い僕たちにはわかりませーん。」
 そうか、鴛海世代には聞き覚えない単語なのか。
「あぁ、これは失礼しました。カツアゲとは、恐喝して金品などを巻き上げる行為のことを言います。その語源は、恐喝の”カツ”と巻き上げるの”アゲ”からきています。よろしいでしょうか?鴛海さん?」
「はい、まぁそんなに詳しく説明されなくても、なんとなく流れからわかりますけどね。」
「それでは続けてもよろしいですね。えぇと、どこからでしたかね?」
「斉藤和也と上野英に対する、山崎正のカツアゲから事件が始まったってところからですよ、社長。」

「あぁ、これはどうもキダさん。えっと、そうそう、そこで斉藤和也と上野英は、なんとかして山崎正に仕返しをしようと、色々と企てたようですが、どれも実行には至りませんでした。その後、ずいぶんと時間が経過してからですが・・・えぇと、トレーナーを取られてから、ほぼ半年後の10月10日ですね。斉藤和也と上野英は、小久保たち6人が運営する復讐サイト”オニベンジャー”に、山崎正への復讐を依頼します。そして、その3日後の10月13日、小久保たち6人が、山崎正を襲撃するのですが、自宅近くの山林で、アチュート2匹になぜか惨殺され、その時の画像をオニベンジャーのサイトにアップされました。ただし、この小久保たちが襲撃した少し前、具体的には10月10日~12日の間に、山崎正は長野県との県境あたりの国道299号線近くの山林で、すでに死んでいたということです。」
「社長、いいですか?」
「どうぞ、キダさん。」
「上野村で遭遇した2匹の鬼。そいつらは小久保たちを殺したアチュートと断定してよいと思うのですが、奴らが山崎正を何らかの理由で殺害したとは考えられませんか?」
「ふむ。確かにそう考えがちですが、山崎正があのアチュートに殺されたという直接的な証拠は、今のところ見つかっていません。上野村という共通点、井村さんが感じ取った、あのアチュートたちの行動履歴、そして上野村ミニコミ誌の記事、おそらく、それらをもとにキダさんは、そう考えているだけなのでしょう?」
「オレたちが役場の男、えっと何っていう名前だっけ?」
「山野さん・・・」
「あっありがとう、明子ちゃん。その山野と話した時、道人さまだとかの話になると、奴の体温は明らかに上がった。あれは何か知っているからだ。」
「キダさん、何度も言いますが、それが、アチュートたちが山崎正を殺害した証拠になるのですか?」
「うっ・・・確かに・・・ならない。」
「七瀬参事官のお考えのように、”アチュートの存在自体が問題”と捉えるのならば、特にこのような考察を行わずとも、改めてあのアチュート2匹に対して駆除活動を行えば良いのですが、あえてキダさんっぽく言わしていただくと、この事件には何かあるように感じるんです。もう少し調べさせていただけないでしょうか?七瀬参事官。」
「まぁ、指宿さんがそこまで言うのなら。ダメと言う理由も見つかりませんし・・・私も、アチュートの存在を100%否定している訳ではないですから・・・」
「ありがとうございます、参事官。」

「社長、少々よろしいかな?」
「どうぞ、茂木さん。」
「概ね、社長が説明した内容と、小生の理解は一致。そのうえでの提案であるが、山崎正とアチュートの関係を調べるよりも、小久保たちの山崎正襲撃時、ないしは惨殺時の状況を調べたほうが、何らかの進歩があるように理解するがいかがなもんであろうか? 小久保たちは一度、山崎宅へ行ったという可能性が高いのであろう? 奴らが襲撃に使用した車を2台とも見たが、あんな車が来たら、普通は誰でも気になる。その時の状況などを、付近の住民からヒアリングしたほうが良いのではないかな? それともう一つ気になる点があるが、住民たちからのヒアリングがうまくいけば、おのずと答えに辿り着くだろう。」
 確かに、この日、小久保たちが使用した車は、いずれも派手な改造が施されたハイエース。紫と赤のボディカラー、意味がなさそうなエアロパーツとGTウイングと呼ばれる無駄にでかい羽根。そしてフルスモークのウインドウ。普通に停まっていても目立つ。加えてサイド出しの凶悪そうなマフラー。見た目だけでなく、排気音がうるさい。こんな車で乗り付けられたら、付近の住民は気が付くだろう。現に、奴らの遺体発見は、惨殺された現場近くに、この派手でガラの悪そうな車2台が、数日間、路肩に停まっていたことがきっかけとなった。
「なるほど、一理ありますね。参事官、一度、山崎正宅周辺の聞き取りを提案させていただきますが、いかがなものでしょうか?」
「そうね。悪くない考えね。それでは明日にでも、私とキダさん、明子ちゃんで出向くとしましょう。」

「参事官、今からでも良いかと思いますが、まだ15時を少し過ぎた・・・」
「えっ?私、明日って言いました? 社長、そろそろお耳が遠くなってきていいませんか?ほら、キダさんボサッとしていないで、すぐに準備してください!」
「へーい」
 ふぅ・・・今から井村明子と一緒か。オレもそれなりに空気は読む。なんとなく理由もわかってきた。その上で、この3人での行動。

なんだか気が重い・・・


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◇第19話へつづく

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