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『ラークシャサの家系』第25話

◇「更なる共存」

 全身黒づくめの細身のフライトスーツに身を包んだ井村みどりが、颯爽とヘリから飛び降りた。おもむろに煙草に火をつけ、一息吸うと親しげに山野に話しかけ始めた。
「東二、久しぶりね。最近は、私じゃなくて、妹の明子を虐めてるの? 恵子、あなたも元気そうね。少し見ない間に、ずいぶん個性的な淑女になったのね。フフフ」
 えっ?妹の明子ってことは、山野は井村明子の兄? 
 で、あのアチュートと一緒にいるアキコと呼ばれる女は、本当は恵子って名前で、十中八九、36年前に行方不明になったメツキの娘。ということは、井村明子の姉ってことか。
  山野はどう見ても30前後の見た目で、アキコ?恵子?よりも若く見える。ということは恵子の弟のはずだが、なぜか兄様と呼ばれている。いずれにしても山野=東二、アキコ=恵子、それと井村明子は兄妹で、メツキ=井村みどりの子供。ということは、3人とも半鬼ってことか? 井村家と言うかメツキを中心とした、こいつらの関係はどうなっているんだ・・・

「で、わざわざ、こんな時間に、こんなところまで来て。いったい何の用だ?」
「あら、冷たいわね。母と息子の久しぶりのご対面なのに。面白そうだから、兄妹喧嘩の仲裁に来てあげたのよ。冗談だけど・・・」
 迷惑そうな顔をする山野に対して、少しふざけているように見えるメツキ、親子なのにその表情は対照的だ。

「井村さん・・・」
「あら、七瀬さん。ごきげんよう。明子は役に立っていますか?」
「あっ、はい。そんなことよりも、今、井村さん、山野さんのこと、息子とおっしゃいました?」
「山野さん? あの子、山野って名乗っているの? そうそう息子よ、私の息子。しかも最初の子よ。」
「ということは・・・明子ちゃんのお兄様? 明子ちゃん、お兄様の存在は知ってたの?」
「なんとなくは・・・古い写真があったり、母から”人類との共存”の話を聞かされていましたので。最初に会った時からなんとなくは・・・」
「明子は賢いから、たくさん教えなくとも、だいたいお見通しね。ほほほほ・・・賢い子は好きよ。ところで東二、昔みたいに”谷”とは名乗らないの? ”高杉”でもいいわ。山野なんて・・・お父上が悲しむわよ。」
「うるさい!お前のせいで俺がどれだけ苦しんだか。この女は、時代時代で優秀な男を見つけると、遊び半分で自分の遺伝子と交配させ、能力継承の実験を行うんだ。俺は、鬼の持つ不死の遺伝子を、強制的に遺伝させられた被検体なんだよ。アキコは幻想を見せたりする念力、おおかたそこの明子も、何かしらの能力を強制的に継承させられているんだろう。」
「あら、ずいぶんな言われ方ね。私だって、別に好きでやっている訳ではないのよ。色々とお付き合いってものがあってね。他のバラモンも、概ね同じようなことになっているわ・・・」
「だから人間の番犬って言われるんだよっ!」
「あらま。酷い言われようね。ところで、なんでこんなことになっているの? 私は、東二たちの活動を、ある程度、理解しているつもりよ。方法こそ異なるものの、私たちはそれぞれ、人間との”更なる共存”を模索している。私たち政府側は、人間と鬼を遺伝子レベルで結びつけ、両種族の垣根をなくそうとしている。片やあなたたちは、人間の脅威であるアチュートやシュードラに対し、知的レベルの向上によって、この世界のルールを理解させようとしている。政府の上層部では、あなたたちの活動に対し、あれこれ言う人たちもいますけど、現段階では、選択肢は多いほど良いということで、ある程度は黙認されているはず。それはあなたもよくわかっているでしょう? だからこそ、お互い余計なトラブルは避けてきたのに、なぜ、内閣府のこんな下っ端チームと揉めているの?」
「そんなことは、言われなくともわかっている・・・」

 井村みどり、いや、バラモンのメツキと山野は、いったい何を言っているんだ。人間との更なる共存?遺伝子レベルでの結合?実験?アチュートやシュードラの知的レベル向上?それらに政府が関わっている?

「七瀬、いったいどういうことだ。」
「私も全容までは知りませんが・・・鬼と人間の間で、そんな取り組みをしているという噂ぐらいしか・・・でも、本当だったんですね・・・」
「七瀬もよく知らないのか?」
「・・・えぇ・・・」



「今回の件は、あの山崎正と言う半鬼が原因だ。」
 山野が申し訳なさそうに話し始めた・・・えっ?山崎正が半鬼だと?確かに奴の部屋に入った時に違和感を覚えたが・・・
「あの男、初めのうちは、俺たちの活動に対して、とても協力的だったんだ。だが、そのうち素行の悪さが目立ってきて、ついには、俺たちの正体を動画サイトに投稿するとか、ネットに書き込むとか言い出して・・・。」
「それでアチュートに殺させたのか? 半鬼は一応人間だぞ。山野。」
「そんなことはわかっている。そもそも奴は半鬼のくせに、大した能力もなく、そのくせ妙にずる賢い。その上、俺たちを強請るだなんて、最初から仲間にしないほうがよかったんだ。」

「この子は昔から、正義感が強すぎるのよ。そういうところは、あなたのお父上そっくりね。」
 って、お父上って誰っすか?

「そのあと念のために、奴の部屋に行って、俺たちにつながるようなものが残ってないかと調べていたら・・・」
「白石さんに会ったり、小久保らが来たりって感じか・・・」
「あぁ、その通りだキダ。あのばあさんは良いが、その夜に来た男たちからは、悪の匂いがした。俺を拉致ったときに、奴ら、ご丁寧に色々教えてくれたよ。今まで自分たちが、どれだけ罪のない人たちを傷つけたり殺したりしてきたかを。それは全て、人間の嫉妬が原因で、自分たちはそいつらが依頼するからやっているだけで、結果的に自分たちの憂さ晴らしと、他人の恨みが晴らせて一石二鳥だと。そんな話を聞いていて・・・気が付いたら、奴らはアチュートに食われていた。奴らが、なぜ、山崎を成敗に来たのかは知らない。」
「なぜ、奴らの遺体を写真に捕って、あのサイトへ投稿した?」
「さぁ、なんでだろな? 奴らのやってきたことを思い返していたら、奴らと同じことをしていた・・・」


「七瀬。どうする?」
「我々内閣府には、人間を逮捕する権限はございません。ですので、この後は警察庁の管轄となりますので、私からは、この顛末を申し送って判断を待つ形になると思います。」

”ところで、七瀬氏、キダ氏よ。山野はどちらも実行犯ではないのだろう? かといって、山野はアチュートに殺人の指示をしたのか?”

 えっ?どこからか、茂木兄の声がする。

”あぁ、これは失礼。ずいぶんと前から、バモスに搭載しているアークが、武蔵ダイカストの社長室に、そちらの画像と音声を転送してくれててな・・・”

「えっ?そっちには誰がいるんですか?」

”全員だ。社長はじめ、私と紗々、鴛海。全員いるぞ。”
”七瀬ー、キダっちー、元気ー?”

「確かに山野は実行犯ではないわ。実行犯は、あのアチュート2匹。じゃ、誰がアチュートに指示をしたのか?ね。」
 七瀬よ、茂木兄の言葉を、繰り返しそれっぽく言っただけだぞ、今のは・・・

「私がした・・・私が指示をした。兄様は悪くない。」
「アキコ、お前は黙っていろ・・・」
「えっと、アキコさん? 戦闘中にも少し考えていたんだけど、言葉の通じないアチュートに、どうやって指示を?」
「念で・・・」

”キダ氏、そのなんだな・・・明子氏の姉上のアキコ氏の声が小さくてよく聞こえんのだ 少し大きな声で喋ってもらうか、キダ氏もしくは七瀬氏が、繰り返し声に出してもらえんかな?”

「はいはい。えっとアチュートに殺人の指示をしたのは、お姉さんのほうのアキコさんで、その方法は”念”と言うことです・・・ん?念? それって思っただけってこと?」

”キダ氏よ、ありがとう。やはりそういうことか・・・思い念じただけではな・・・裁くことはできんよ”

「実行犯であるアチュートは、私たちの管轄ですので、駆除の対象となりますが・・・少しおかれている環境を鑑みますと、今回は・・・少し考えさせてください。内閣府で検討と言うことで。それでよいですね?メツキ様。」

「あら、七瀬さんも多少融通が利くようになったのね。」


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◇最終話へつづく

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