人との出会いと環境

私は今まで人を頼ると言った事をするのが苦手でほとんど頼った事がない。その為「しっかりしてるな」等と言われておりそれが誉め言葉だと思っていた。

自分がこの様な状況になりその言葉が誉め言葉で言っていない人がいる事を知った。【やらせとけばいい】と言った感じだろうか。この言葉は相手側家族が密かに弁護士に依頼する前に私に言っていた言葉だ。そして自分の親にも言われた。義父母と私の両親は同じ考えである。自分たちにとって金のかかる物(人間)は切り捨てる。私はこの言葉を言われた時何を言っているのか分からなかったが、子供と暮らしている今意味が良く分かる。

”人間ってそんなに簡単に死ねないのよ”とある人に言われた。

”人間を簡単に捨てる事はできる”と今回習った。

皆共通する事は【ほっとけばいい、やらせとけばいい、どうにか生きのびるだろう】と。私達親子は人間ではないのだろうか?私達はどんな存在なのだろうか?と自分に自信が本当になくなる...何が目的なのか?と思った時いつも一つの答えしか浮かんでこない。

私達の周りにはこんな人しかいなかった。先日ある人と話をする事があり今まで知らなかった事を教えてもらった。環境が変われば人とのかかわり方も変わるものだなと思った。

毎日真面目に働き学びしていたのに、一人の身勝手な自己愛により、家が突然なくなった、温かいご飯が食べれなかった。こんな生活をするとは想像もしていなかった。その事について頼れるのは親だけだと思っていた。その親も見捨てた。追い出した、食べ物も奪った。この現実について頼る事をしてこなかった私にとって誰に頼ったらいいのか全く分からなく思い切って、色々な人に声をかけてみた。すると今まで会った事のない人から声がかかった。そしてお金は頼れないけど、他の物を頼る事が出来た。

世の中には私達以外にも同じ体験をしている人がいたことを知った。そしてその人達とある時間を過ごすことができた。憐みの目で見られているかもしれない、人の不幸は蜜の味と言った感じだろうか。でも今の私達にはそんなことよりも衣食住が必要だった。

自己愛者は自分の事しか考えていない、この自己愛者は自分だけやはり幸せになるのだろうか。私達はやはり不幸になるのだろうか?

環境が変わった為新しく出会った人。私はこの人達を大切にしたいと思った。そしていつかこの人達に恩返しをしたいと思っている。

【助けてくれる人っているんだね。やっと見つけたね】と子供が言った。

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