風花

 初雪の知らせを聞いた。朝方、山を越えた向こう側の町に住んでいる友だちから、写真付きでその知らせはやってきて、こちらの体感温度を二度くらい下げた。
 写真に写る家々の屋根や、庭木の葉がうっすらと光っていて、雪と言われれば雪だし、光の加減で白く見えるだけだと言われればそう見えた。空が薄青く晴れ渡っている。乾いた冷たい風が吹いているだろう。
 その日の午後三時ごろ、職場近くのコンビニ前に立ち、缶コーヒーで両手を温めていた。吐く息が白い。冬だな、と頭の中で言葉にする。
 自分の息をぼんやり眺めていると、目の前を白い花びらが通り過ぎた。少し驚いて、その白い小さなものを目で追う。よくよく見れば、それはふわふわと舞う雪片だった。
 山の頂から風に乗ってきたのだろう。見上げると写真と同じ色の空が広がっている。高いところにある薄い雲が、形を変えながら吹き流されていく。それを背景にして、雪が舞い落ちてきていた。
「風花だな」
 隣でタバコをふかしていた同僚が、ぼそりと呟く。いかつい見た目をしているが、それに似合わない詩的な言葉を時々吐く。
「タバコ呑みは肩身がせまいけど、たまにはいいこともあるな」
「んー?」
「外に追い出されるから、こんなものも見られる」
 そう言って眩しそうに目を細め、冷たい白い花が浮かぶ空を見上げた。
 いつかの春に、同じようなことを言うこの男と一緒に、猛烈な風に吹かれて散る桜を見たのを思い出した。その時は花吹雪だって言っていたな。
 吹雪くように散る花と、花びらのように舞う雪。
 ほんとに似合わんな。くわえタバコで鼻から煙を出している、いかつい男を横目に見て、缶コーヒーを一口飲んだ。温かい液体が喉から胃をじわりと伝っていく。
 冬が始まったばかりの晴天を見上げて、春が来るときを思った。

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