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金曜日 1

 2ヶ月近くの入院生活を終える事になったのは、暑い夏も終わりの頃だった。入院のお見舞いで、主人に車椅子を押してもらいながら病院の中庭で交わした、
「蝉の鳴き声が聞こえなくなる頃には、退院したいなぁ」
と言った会話が現実となった。
 退院後はリハビリ病院を希望したものの転院させてもらう事は出来ず、肘から上の杖でかろうじで歩ける程度で帰宅する事になったが、家族や身内は想像より良い状態での退院に安堵した様子だ。
 退院前に決まった予防法は、自己注射だ。注射や採血をしてもらうのも目を背けるほど怖がりの私が、自分で自分の足に注射するなんて出来るのだろうかと思ったが、選択する余地はなく、選べたのは筋肉注射を週に1度か、皮下注射を各日に打つかと言う選択だけだった。注射の成分や説明を聞いてもよくわからない、再発率を比べても変わらない。悩んだ結果、週に1度の筋肉注射を自分の太ももに打つことを選んだ。
 入院中に2回注射を試してから退院することになった。初の自己注射はベットに腰掛け、医師に見守られながら打った。想像以上に長い針で恐怖のあまり、冷や汗が止まらない。病棟担当医は
「痛くないからいきましょう」
と、とても軽い掛け声だ。ボタボタと流れる冷や汗を体験したが、想像より痛くなくスムーズに針は打てた。
「ね、大丈夫でしょ」
と言われ、その後医師に褒められたおかげで、これなら打てそうだと思える事ができた。 
 数時間後、副作用が出てきた。39度以上の高熱だ。薬を飲んで下げ、また上がってくる熱を更に薬を飲んで下げると言う繰り返しで、翌日過ごすと言う状態だった。高熱が出るからか、すごい頭痛と脱力で普通より歩けなくなる。これを週1でいつまでするのか聞いてみると、免疫が出来るまで数ヶ月。注射は再発がなければ、新薬が出るまで打ち続けると言う説明だった。精神的に大丈夫かと思いながらもこれ以外には方法はなく、新薬の承認待ちの経口薬が近い将来出ると聞き待つしかない事を知った。この時、既に経口薬が出ていれば注射を選ばず経口薬を飲んでいただろう。だから自己注射をする経験は、同じ病気で注射を打っている人の痛みや苦しみを知る事が出来る貴重な体験だと思っていた。新薬が出るまでできる限り再発せず、注射で予防できればいいのだと思っていたが、精神的に続かない現実にぶつかる事になった。




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