百合とワイン ~過ぎ去りし思い出~






遠くへ行ってしまった……。



手の届かないところへと行ってしまった……。



一樹……、あなたは笑って見ていてくれているのかしら?



あなたは遥子を選んだけれど、私は遥子も大切な友達だから、いいの。



私はちゃんとできているかしら……。



あなたが残したもの、いつまでも、いつまでも大切にするわ。




あなたと出会ったのは大学に入学をしてすぐのことだった。
たまたま同じ学部になって、席が隣同士だった。
それがきっかけで仲良くなったのよね。
あなたの声も、仕草も大好きだったわ。

『俺、いつかモデル事務所を作りたいんだ』
『自分はならないの?
背も高いし、男前なんだしそんな苦労しなくてもいいじゃん?』

そう、一樹は背も高いし、顔もいい。
そんじょそこらの芸能人なんか目じゃない。
大学内でも人気者。
気さくで、飾らなくて、優しくて……。

『自分が前に出たいんじゃないからね。
発掘するのが楽しいんじゃないか!
いつか、一緒に立ち上げないか?モデル事務所』

『えっ?!』

そんな夢物語をよく話したわね。
想いが通じればいいなんて、思ったことはない……。
ずっと親友でいれればいい、その方が長く、長くあなたの傍にいれると思うから……。
そんなあなたが本気で好きな人が出来たと言ったときはショックだったわ。でも、わかってたの……。
あなたが遥子を好きになっていっているのを……。

遥子とは3回生の時に専攻した学科がたまたま同じだった。
新入生の遥子。
初めはいけ好かない女だと思った。
ちょっと美人だと思ってって……。
お嬢様だと思ってって……。
でも中身はぜんぜん違った。
男勝りというか、さっぱりしてるというか……。

『ねぇ、ねぇ、一樹と一緒にいつかモデル事務所、作るんでしょ?
私も仲間に入れて♪』

『遥子はそんなことしなくったっていいじゃん?
お嬢様なんだし。それより、融資して?』

『いや! 親のお金でそんなことして何が楽しいのよ。
一から作るから楽しいんじゃない♪
一樹にもお願いしてみよーっと♪』

そう言って一樹にもお願いしに行ってたっけ……。
いつの間にか3人で過ごすのが当たり前になった。
そんな4回生の夏、一樹は遥子に告白をした。
付き合うようになったと聞いたときは1週間泣き暮らしたわ。
でも、遥子も大切な友達になっていたから祝福することにしたの。
それでも私の方が長く一樹と一緒にいたんだもの……。
ちょっと悔しかったから、ずっと気づかないでいた一樹に言ってやった。

『一樹のこと、好きだったよ』ってね。

一樹はびっくりして座ってた椅子から見事に転げ落ちた……。

『私はなんとなくそんな気がしてた……。
ごめんね、横入りしちゃって。』

って遥子は少しすまな気に言った。
その横で床に尻餅をついたままの一樹は

『えぇぇぇっ! 遥子は気づいてたのか……。
でも、幸せ者だな、俺』

って本当に幸せそうに笑って言うものだから許してあげるわ。

それからというもの、よく3人で事務所を作る夢を話した……。
時が経つのを忘れるくらい、何時間もいろんなことを話した……。

――そんな日々が続いたある日

『俺、遥子と結婚したいんだ……』

そんな相談を受けたのは一樹と遥子が付き合いだして5年程経った頃だった……。
真剣に想いあっている2人だもの、遅かれ、早かれそんな話が出ると思ってたわ。

『いざ決心すると、なかなか言い出せなくてさ……。
なぁ、どうしたらいいと思う?』

以外にそんなことには小心者なんだから、一樹は……。
まぁ、遥子に告白するまでも結構、時間かかったもの……。
予想はしてたわ……。

『ねぇ、自分の誕生日にプロポーズしたらどう?
一樹の誕生日に逆にそんなことしたら、そりゃぁ、サプライズだと思わない?
遥子、百合の花が大好きだからあれこれ志向を凝らすより、百合の花束持ってあとはスパッと行ってらっしゃい!』

――バシッ!

そう言って背中を思いっきり叩いた。
そうでもしないと一樹は行かないんだから……。
本当に世話が焼けるんだから……。
自分の誕生日、一樹は一生懸命働いて貯めたお金で買った大きな百合の花束を持って出掛けていった。
遥子にプロポーズするために……。
2人してわざわざその夜、報告しに来てくれたっけ……。

『お前のおかげだ!
やっぱり、最高の友だな!』

『あなたが言ってくれたんですってね、私が百合が大好きだって。
誕生日だから一樹が大好きなワイン持って行ったのに、逆にこんなプレゼント貰うなんて産まれて初めてよ。
私にとっても本当に最高の友達だわ!』

2人して私に抱きついて、大喜びしてくれた。
2人が幸せなら、それでいいの。
私はそんなあなた達の傍にいられることが幸せだから。
でも、2人の結婚はそんなに簡単なことじゃなかった……。

一樹のお父さんは早くに病気で亡くなって母一人子一人。
ただ、亡くなった祖父母が残してくれた家と少しの遺産、それと、一樹のお父さんが亡くなった時に保険会社から受け取った保険金と貯金があったから暮らしてこれた。モデル事務所を作りたいという夢の為に彼のお母さんは祖父母が残してくれた少しの遺産はとっておいてくれていた。大学卒業してしばらくは会社勤めもしていたけれど、ある程度資金も貯まったから退職して、今は事務所立ち上げのために必死に頑張っている。
事務所を立ち上げる為に辞めたとは言うものの、職が決まっているとはみてはもらえない。
そんな一樹との結婚を遥子の両親が許すはずはなかった。
ましてや、遥子はさる企業の会長の娘とくればなおさらだ。

――そして遥子は監禁生活を余儀なくされた。

一樹は何度も遥子の家に行き、両親に許しを得ようと頑張ったけど、遥子の両親は頑として首を縦には振らなかった。そんな両親の目を盗んでは私たちにメールを送ってきて「会いたい」と嘆いていた。
まさか、遥子がそんな行動に出るとは私も一樹も思いもしていなかった……。

遥子の誕生日の前日、たまたま両親は用事で出掛けていた。母親はお友達と、父親は会社。ほんの少しの時間を見計らって住み慣れた家を出て来たのだ。
書き置きを残して……。
案の定、遥子が抜け出したことがわかると、遥子の携帯にはじゃんじゃん両親から電話がかかってきた。だが、さすが育ててきただけはあって、こうなったら遥子もどんなことを言われようとも引き下がらないことは百も承知していた。
だから、遥子の父親は許すとは言わなかったけれど、結婚することは認めてくれた。
但し、家とは縁を切るとの厳しい条件付きだった。
もしかしたら、そう言えば、遥子も折れるかもしれない……と願っていたのかもしれない。
でも、遥子の決心は揺るがなかった。

『わかりました。私のことは忘れてください。二度と家には戻りません。…………………。でも、私は……お父さんとお母さんの娘に産まれて良かった。
今までお世話になりました。お父さんとお母さんの娘として恥じぬよう、一樹と生きていきます。
本当に……ありが……とう……ご……ざいまし……た』

涙をこらえながら、一樹に支えられながら遥子は両親との最後の会話をして、その携帯は解約した。

そして翌日、遥子の誕生日に2人は籍を入れた。そして一樹の家で新しい生活をスタートさせた。一樹のお母さんは2人で式だけでも挙げておいでと言ったけれど、2人は事務所がちゃんと起動してからにする。と言って断った。

そこからは忙しい日々の始まりだった。会社経営なんてしたことのない素人が3人であーでもない、こーでもないと言いながら事務所を立ち上げるべく悪戦苦闘の日々を送った。
そして、なんとか形になったけど、これはと思えるモデルにはなかなか会えず、イベントなんかの手伝いをしながらその場しのぎの仕事をこなす……ある意味『なんでも屋』なような日々だった。それでも私たちは夢を追うことを諦めたりなんかしなかった。
モデル事務所のような仕事を今はしていないけれど、「いつか、必ず」という強い思いがあったから……。

そんな時、一樹のお母さんが2人に

『少しゆっくりしてみたら?
遅くなったけど、私からのプレゼントよ。新婚旅行に行ってらっしゃい』

そう言って2人にヨーロッパ旅行のチケットを差し出したのだ。

『そうよね、式も挙げてないんだし、お言葉に甘えて行ってらっしゃいよ。その間、日本でモデル探しを兼ねながら私もゆっくりするわ。モデルが見つかればまた忙しい日々の始まりだもの』

『お母さん、いいんですか……?
私……甘えっぱなしで……。押し掛けてきたのに……』

瞳にたくさんの涙を浮かべ、ポロポロと涙が遥子の頬を濡らしていた。

『母さん……。ありがとう。心配かけっぱなしでごめん。ありがたく行かせてもらうよ』

結婚して3年が経ち、ようやく2人はヨーロッパに遅い新婚旅行へ行った。

――思えばこの旅行で私たちの事務所の未来が決まったのよね……。

あなた達がこの時見つけてきたお馬鹿は相変わらずうちの事務所を背負ってくれてるわ。
私が見つけてきたきた子と一緒にね。

『ジェイって言うのよ。なかなかの逸材だと思うんだけど〜♪
思わず口説き落として連れてきちゃった』

『さぁ、ジェイ、挨拶して』

一樹と遥子に促されるように一歩前に出て来たジェイは11歳とは思えないような雰囲気をかもし出していた。

『ジェイです。ヨロシク』

そう言ってにこやかな笑みを添えて手を差し出してきた。
生意気だけれど、この子はどうすれば自分の魅力が表に出るのかよくわかっている。
そう感じたのがこの子の第一印象だった。

しばらくして私も1人見つけることが出来た。たまたま知り合いのところに交換留学生としてホームステイに来ていた子だった。
話してみるとやってみたいと言うので、イギリスまでご両親を説得に行った。初めは反対されていたけれど、彼のお兄さんも味方になり、両親を説得してくれて最後は笑顔で了解してくれた。

一樹たちに連れられて日本に来たジェイ、私が見つけてきたレノン。
ようやくモデルが2人になった。
ジェイは持ち前の容姿と、巧みな技術……と言うのか、ショット、ショットで表情が変わり、雰囲気まで変わるという、まるでモデルになるために産まれてきたような子だった。
そんなジェイはスタッフやカメラマンの間で評判になり始め、あちこちでいろんな女性を虜にしていき、人気も出始めた。
レノンはさすがは紳士の国の出身ということもあり、スマートな立ち振舞いが評判だった。
「ジェイとレノン」という我が事務所の2枚看板のおかげでようやくモデル事務所らしい仕事が増え始めた。

そして、その年はもうひとつ喜ばしいニュースが待っていた。
2人の間に宝物が産まれたの。

『紗弥加よ。みんな、仲良くしてやってね』

『俺もとうとうパパだよ〜♪
ジェイにレノンというモデルも見つかって、やっとモデル事務所らしくなった。今年は本当にいい年だ♪』

と一樹は大喜びだった。

紗弥加は本当に可愛くて、みんなの人気者だったわね。仕事で疲れて帰ってきても紗弥加を見るだけで癒されたもの。
ある意味我が事務所の癒しの存在よね。
一樹も遥子も大切に育てていたわ。
事務所も少しずつ忙しくなり始めてきていたから、お母さんに手伝ってもらいながら。
ジェイもレノンも妹の様に可愛がっていたわ。
そんな紗弥加を見ながら私はふと思ったの。
そして、行動に移したわ。あなた達に内緒でね……。

――ごめんなさい、実は私、紗弥加の写真、遥子のご両親に渡したのよ。
ご両親、瞳に涙を浮かべて喜んでいらしたわ。でも、この事は誰にも言わないとご両親と約束したの。
本当はこれをきっかけに仲直りしてもらえたらって思ったの。
一樹がとても気にしていたから……。
遥子もそんな一樹の気持ちがわかるからその事には一切触れないけれど……。
だから、私が一肌脱いでやろうと思って……。
でも、ダメだったわ。ごめんなさい……。
一度決めたことは最後まで貫き通す……と。
遥子も変なところ頑固だけど、あなたのご両親も頑固だったわ。
でも、陰ながら応援してるって言ってたのよ。そんなご両親の笑顔はとても綺麗で優しかったわ。
だから、あなた達に内緒で今でも時々あなた達や紗弥加、事務所の写真なんかを持って行っているの。

ジェイがちいさなショーにモデルとして招待された。そのショーの成功がジェイの人気に火を着け、事務所の名前が世間に知れるようになった。
そのショーに出る前日、一樹と遥子はジェイにひとつのネックレスを用意した。
琥珀色の石をトップに付けたネックレス。
初めてのショーにガチガチになっているジェイにプレゼントしたって言ってた。それはいつしかジェイのトレードマークになるのだけれど……。

ジェイは中学を卒業すると同時に家を出た。その頃にはジェイは結構人気が出ていた。
久々の休みの日にみんなでお弁当を持って出掛けた。
一樹達家族と私とジェイとレノンと7人で。ジェイとレノンのおかげで忙しい日々を送っていて、なかなかゆっくりできる日がなかったから。
若葉が生い茂り、周りにはペットと戯れる人や、私たちみたいに家族連れやカップル達がたくさんいた。
私は腕によりをかけて沢山のお弁当を作ったわ。

『やっぱり、料理上手よね〜♪ 美味しいわ』

『旨いよ。お前、昔から料理上手いよな〜♪
職業間違ったんじゃないのか?
あっ、そんなことしたら一緒に事務所開けなかったもんな。それは困る……』

そんな何気ない会話をしてのんびりと過ごした。そんな時、ふと遥子が芝生に横になり、空を見上げて言った。

『眠るなら星がいっぱい見える丘の上がいい。そうしたらいつもみんなと一緒に居れる。みんなを見ていられるもの』

そんな遥子の一言に一樹までもが

『それはいい考えだね。』

なんて言い出した。

『じゃぁ、紗弥加がパパとママとお話したい時はお星さまを見たらいい?』

『そうよ〜♪ いつでもパパとママは紗弥加を見ているわ』

って紗弥加と遊びながら言った。今から思えば何か感じるものがあったの……?
どうしてもそう思えてしまう。

その後、ジェイがヨーロッパで行われるショーに出掛けた時だった。一樹と遥子も仕事で海外に行った。
紗弥加も行くはずだったけど、風邪をひいてしまって一樹のお母さんと留守番することになってしまった。

『お土産買ってくるから、パパとママが帰ってくるまでいい子にしておばぁちゃまと待ってるんだよ?』

『わかった……。紗弥加、パパとママが帰ってくるまでにお風邪治すね。だから、お土産と外国のお話聞かせてね』

――紗弥加と約束したくせに、一樹と遥子はその約束を守らなかった……。一樹のお母さんから電話がかかってきた時は耳を疑ったわ……。
急な悪天候の為に一樹達が乗っていた飛行機が墜落したなんて……。
一樹達が亡くなったなんて信じられなかった……。
目の前が真っ暗になったわ。
お葬式の紗弥加の叫び声が頭から離れなかった……。
ショーを終えて急いで帰ってきたジェイと共にお墓を探した。2人ともあの日、遥子が言った一言が忘れられず、せめて、その希望を叶えてあげたくて……。
そうして見つけたわ。
あなた達が暮らした家から40分程行った所にある丘の上の墓地。お母さんも泣きながらも喜んでくれたっけ……。そのお母さんも後を追うようにしてお亡くなりになるなんて、この時は思いもよらなかったわ……。


――早いものね。あれからもう11年も経ったわ。
紗弥加も元気に暮らしているわ。
智香っていういいお友だちもできたのよ。
ジェイもレノンも相変わらず人気者よ。
そうそう、響っていう子も居候しているのよ。
私と、紗弥加、ジェイ、レノン、響の5人で楽しくあの家で暮らしているわ。

――また来たのね、あの子。
一樹と遥子、お母さんのお墓の前に百合の花束とワインが1本置かれてあった。
あの子は何かある度にここに来ているのね。死んでからも大変ね。

ワインと少し痛み始めた百合の花束を横に置き、お墓を掃除して新しい百合の花束とワインを置いた。
線香に火を着ける。
線香の煙が風に乗って空へと登っていく。

『一樹、遥子。ここからの眺めはどう?
いい眺めでしょ? 必死で探したもの。紗弥加も素直ないい子だわ。遥子に似て変なところが頑固だったりするけどね』

日は長くなってきたけれどまだまだ寒い日々が続く……。

『遥子、誕生日、おめでとう。生きていればあなたももう44歳になるのね。
一樹、遥子、20回目の結婚記念日おめでとう。
今年はなんだか嬉しい報告をできそうな気がするの。
来年のこの日はいいお知らせを持ってくるわね。
もう少し、待っててね』





――2月14日。

今日は遥子の誕生日でもあり、一樹と遥子の結婚記念日。

バレンタインデーが誕生日だなんて、まったく生意気よね、遥子。

誕生日がバレンタインデーに結婚記念日。

忘れられなくて笑っちゃうわ……。



あなたへの思いは繋がらなかったけど、

大切な宝物を私に託してくれてありがとう。

いつまでも大切にするわ。

だから、ちゃんと見守っててよ。


墓石を撫で、また来る約束をして私は歩き始めた。
バレンタインデーは私にとって大切な人達との大切な思い出の日。
愛する人達との大切な―――。



         〜END〜


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