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”弾き振り”最前線〜實川風さんのベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番

今夜は、”弾き振り”最前線を聴けた気持ちになっています。
ピアニストの實川風さんが、初めて”弾き振り”、つまりピアノ協奏曲の独奏と同時に指揮もされるということで、渋谷の「さくらホール」へ。

オーケストラは「林周雅 with Symphony Orchestra」という、2020年11月に「渋谷区文化総合センター大和田開館10周年を記念して結成された一夜限りの若者たちによるオーケストラ」のメンバーで構成されているオケ。スペシャルゲストプレイヤーにN響主席奏者の、トランペット・菊本和昭さんや、ティンパニ・久保昌一さんが参加。
期待を大きく上回る快演、なんていうテンプレ的な言葉で表現できないほど、私自身何か初めての聴取体験ができて、これは忘れられないコンサートになるんじゃないかな。忘れたくないので、ここに書いておきます。

今回實川さんは、ピアノの大屋根を外し、オーケストラの方を向いて、つまり客席には背中を向けて弾き降りをするスタイル。2管編成・8型(86432)のオケと、ピアノのとのバランスがまずは最高に良かったのだけれど、たんに「バランスが良い」と書くだけでは何も言えていない気がする。完璧に耳の良い精鋭たちの、優れたコントロールのたまものなのは確か。

今夜の實川さんの弾き振りを聴いて、すっと頭に降りてきた言葉は、
「連続性」。

なんの連続なのかというと、オーケストラと、独奏楽器との、連続性。

たとえば、第1楽章、オーケストラの序奏で始まり、しっかりとお膳立てができたところへ、ピアノが堂々と登場する……。こうした「主役の登場」感は、協奏曲のある種の醍醐味でもあるし、聴衆も「よっ 待ってました!」となれる楽しいところかもしれない。
ただ、通常はその「ピアノ登場」の直前に、何かギアチェンのような、ごくわずかな隙間を感じるというか、ピアノ登場によって場の空気が変わるというか、聴く側の耳のアジャストが要求されるような、聴感上のギアチェン・ショックのような感覚があるのだけれど、今夜の實川さんの演奏は、オーケストラの序奏からのピアノの入りが、それはもう見事に音楽的なつながりがあって、「主役登場」感もあるのに、ギアチェンジのショックが全く起こらず、きわめてスムーズ。オケの音楽を受けてピアノへ、という流れが完璧で、それは衝撃的なまでに美しく、私の頭には即座に「連続性」という言葉が降ってきたのでした。

ピアノからオケへ、オケからピアノへの受け渡し、対話や、協奏の連続性が次々と鮮やかに展開されていったのでした。實川さんの繊細な音楽作りは、オーケストラの隅々まで行き届き、プレイヤー全員で編み上げ織り成すテクスチュアはきめ細かく、音楽の推進力にも溢れていて、ちょっとショッキングなまでに美しかったし、楽しかった。

おそらく、手足の長い實川さんの指揮はオーケストラにとって見やすかったのではないかな。そして、通常の楽器配置では、ピアノの大屋根が客席に向かって開くため、奥の管楽器や打楽器奏者まで届きにくいところが、今夜のような配置では、ピアノの音が行き渡りやすかったのではないかな。實川さんの無駄な力の抜けた飛翔感に満ちた音色がそれを強化し、また面と向かってアイコンタクトも取れるから、独奏者とオーケストラの一体感がすごい。ピアニストが長めのソロやカデンツァを弾いている間の、オーケストラがじっと聴いている集中力漲る空気感も、通常の指揮者と横を向くソリストの配置によるオーケストラから漂うものとは一段違った。

「連続性」は独奏とオケの受け渡しのみならず、ダイナミクスの変化にも感じられた。ともにトゥッティで演奏している時の、強弱の変化の幅もまた、ぴたりと同じ比率で気持ちよく増幅・減少していく。

音楽としても、演奏としても、オーケストラとピアノがここまで綺麗に丁寧に揃えられると、面白いことに、時に實川さんが巨大なホールオルガンを演奏しているようにも見えてきた。あれは不思議な体験だった。

そうか、弾き振りの醍醐味って、これなのか、と初めてわかった気がしました! もちろん、これまでにも弾き振りの演奏は聴いてきたはずなのに……

それにしても、第1楽章は情熱的でありながらもエレガント、第2楽章は叙情的なピアノと牧歌的なオーケストラの重唱が感動的で、第3楽章は野生味溢れ祝祭感満載。實川さんの古典派への理解の深さと自由度のある解釈には、1秒たりとも飽きることなく、集中しすぎてあっという間に終わってしまいました。あー…もっと聴いていたかった…。

「一夜限りの若者たちの祭典」と銘打たれたコンサートなのだけれど、そうおっしゃらず……ベートーヴェンのコンチェルト5曲全部やってください……とお願いしたくなりますね。

エネルギーと時間の関係上、コンサートの後半にあたる實川さんの弾き振りのみの感想にとどめますが、前半のワインガルトナーによる弦楽合奏版の「大フーガ」、そして弦楽四重奏曲第16番も聴きごたえある素晴らしいコンサートでした。




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