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そこにいた

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ちょっとした詩みたいな自伝の連載
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#自伝

23歳

23歳

彼女はそこにいた。
大きな交差点の傍らに。

冷たい風が吹き、彼女は口元をニットに沈めた。

安っぽいクラクションがいたるところで鳴っている。

彼女の隣には、一人の女性。

ブツブツと文句を言いながら、タクシーに手を振っている。
車に駆け寄っていく。

彼女は視線を右に外した。
少し遠くに海がある。

バケツとスコップを持った男性が見える。
虫かごに星形の生き物を入れている。
あれは、いったい何

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21歳

21歳

彼女はそこにいた。
古い紙のにおいが満ちる、隠された部屋に。

細い通路を練り歩く。
道の右や左を、上から下まで見渡し歩いている。

たまに、目を大きくして立ち止まり、ひとつ手に取る。

彼女の両手に乗るそれらは、すでにずっしりと重かった。

目を見開いたり、また細めて、歩いたり。
立ち止まったり、にっこりしたり。

彼女は、だれにも介入されない。
高なる心が練り歩く。

17歳

17歳

彼女はそこにいた。
昼下がりの河原に。

河原というより、河川敷になるだろうか。

友人は黒いコートを着ていたが、日差しはとても暖かかった。

おじいさんがゆるゆると自転車を漕いでいる。
ふたりに声をかける。

あんまり飲みすぎるなよー。

彼女と友人は顔を見合わせる。
ニヤッとした。

間延びした返事をおじいさんに返して、話したり、話さなかったりしている。

13歳

13歳

彼女はそこにいた。
だだっ広い原っぱに。

行くべき場所へ行かず、そこにいた。

草がキラキラと同じリズムで揺れる。
白い太陽が光とあたたかさを注ぐ。

彼女は目を細め、フードを被った。
ごろんと横になる。

原っぱには彼女しかいなかった。

草や土のにおいが風に舞い、彼女の鼻をかすめる。
まぶしい光が暖かさを纏って、彼女を包む。

目を閉じる彼女の鼓動は、もう穏やかだった。

14歳

14歳

彼女はそこにいた。
パイプオルガンの響く講堂に。

薄暗い闇の中に、生徒の数だけ光が揺らめいていた。

彼女は同級生たちと長椅子に座っていた。
一つ前の椅子に、膝小僧が付くほどの窮屈さ。

手元を見る。

水のように蝋が溶けている。
炎がぐらぐらと絶えず揺れている。

髪が焦げた!と誰かの声。
クスクスと小さな笑い声。

彼女はジッと揺れる炎を見つめていた。

18歳

18歳

彼女はそこにいた。
煌めく喧騒の中に。

たった一人で歩いていた。

彼女の胸には期待と後ろめたさ。
悪いことをたくらんでいた。

行くべき場所へ行かず、そこにいた。

ただ歩き、街のざわめきを聞いていた。

立ち並ぶビルや居酒屋。
ネオンの表と裏を練り歩く。

男が一人、彼女に近寄る。
痩せていて、肌の黒い中年の男。

彼女は驚かなかった。
ドクドクと血の巡る音だけが響いていた。