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にぃ
2021年3月12日 20:41
彼女はそこにいた。大きな交差点の傍らに。冷たい風が吹き、彼女は口元をニットに沈めた。安っぽいクラクションがいたるところで鳴っている。彼女の隣には、一人の女性。ブツブツと文句を言いながら、タクシーに手を振っている。車に駆け寄っていく。彼女は視線を右に外した。少し遠くに海がある。バケツとスコップを持った男性が見える。虫かごに星形の生き物を入れている。あれは、いったい何
彼女はそこにいた。古い紙のにおいが満ちる、隠された部屋に。細い通路を練り歩く。道の右や左を、上から下まで見渡し歩いている。たまに、目を大きくして立ち止まり、ひとつ手に取る。彼女の両手に乗るそれらは、すでにずっしりと重かった。目を見開いたり、また細めて、歩いたり。立ち止まったり、にっこりしたり。彼女は、だれにも介入されない。高なる心が練り歩く。
2021年3月12日 20:40
彼女はそこにいた。昼下がりの河原に。河原というより、河川敷になるだろうか。友人は黒いコートを着ていたが、日差しはとても暖かかった。おじいさんがゆるゆると自転車を漕いでいる。ふたりに声をかける。あんまり飲みすぎるなよー。彼女と友人は顔を見合わせる。ニヤッとした。間延びした返事をおじいさんに返して、話したり、話さなかったりしている。
彼女はそこにいた。だだっ広い原っぱに。行くべき場所へ行かず、そこにいた。草がキラキラと同じリズムで揺れる。白い太陽が光とあたたかさを注ぐ。彼女は目を細め、フードを被った。ごろんと横になる。原っぱには彼女しかいなかった。草や土のにおいが風に舞い、彼女の鼻をかすめる。まぶしい光が暖かさを纏って、彼女を包む。目を閉じる彼女の鼓動は、もう穏やかだった。
彼女はそこにいた。パイプオルガンの響く講堂に。薄暗い闇の中に、生徒の数だけ光が揺らめいていた。彼女は同級生たちと長椅子に座っていた。一つ前の椅子に、膝小僧が付くほどの窮屈さ。手元を見る。水のように蝋が溶けている。炎がぐらぐらと絶えず揺れている。髪が焦げた!と誰かの声。クスクスと小さな笑い声。彼女はジッと揺れる炎を見つめていた。
2021年3月12日 20:39
彼女はそこにいた。煌めく喧騒の中に。たった一人で歩いていた。彼女の胸には期待と後ろめたさ。悪いことをたくらんでいた。行くべき場所へ行かず、そこにいた。ただ歩き、街のざわめきを聞いていた。立ち並ぶビルや居酒屋。ネオンの表と裏を練り歩く。男が一人、彼女に近寄る。痩せていて、肌の黒い中年の男。彼女は驚かなかった。ドクドクと血の巡る音だけが響いていた。