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やってみました、カンヅメ。その結果は・・・

先日、思い立って自らカンヅメをしてみた。理由は、もちろん絶望的に原稿がかけないから。なにしろ6月からずっと書けないでいるのである。昔なら見かねた編集者が「カンヅメしましょう」と持ちかけるのだろうが、いまどきそんな編集者はほぼいないので、自分でやるしかない。

書けない問題にぶちあたっているのは、例の変わった父に関する原稿だ。「晴れたら空に骨まいて」を文庫化するのにあたり、父に関する章を加筆する約束をしてしまったのだ。

思い出してみると、父は本当に変わった男だった。

本音を言えば、書かないですむのならば全ての記憶を真空パックして、冷凍庫のなかでフリーズしておきたかった。だって父のことを思い出すと、心がザワザワして、穏やかな気分でいられないんだもん。なんか胸がきゅっと痛くなって、うわああってなって、もういいや、とりあえずそっとしておくか、というのがこの十四年間だった。

いままで、語りたくても語ることができなかった。言葉にしようとすると、喉の奥でひっかかって、外には出てこなかった。

どうしたもんか、このままいったらきっと文庫化できないぞ、という危機感だけが募る。そこで窮鼠猫を噛む的に思いついたのが、自腹カンヅメだった。よし、やってみよう。

娘5歳に、「ママはちょっと遠くでお仕事をしてくるね」と話すと、「えー絶対だめ!遠くにいっちゃだめ」と言われる。本当は3泊くらいしたかったが、この感じでは娘的に全く無理そうなので「1日だけー!ね!書かないとママの本が出ないのよ、本が出ないと欲しいものなんにも買えないのよ」というダイレクトかつ短絡的な説得をし、「1日だけ」とのOKをもらう。

次に、カンヅメ先を探す。最初は有名な「山の上ホテル」にしようと思っていたけれど、残念ながら改修中だ。そこで、「やっぱり海の近くっていいよね」と思い、横浜あたりのシティホテルに泊まろうと思っていたのだが、問題は机だ。最近のホテルは机がとても小さい。あのテレビ台と鏡台と兼用のちっちゃい机だとむしろやる気がそがれる。一方、独立したしっかりした机のあるランクの高いホテルだと、値段もそれなりなので、「ま、そこまでしなくてもいいか・・・」と躊躇いの気持ちが生じた。

あああ、どうしようと思ってツイッターでつぶやくと、友人がすぐにリプライしてくれた。そんで、教えてくれたのが、ここ。「茅ヶ崎館」であった。

私は全然知らなかったが、小津安二郎が映画の脚本を書いたことで知られているらしい。ホームページから伺える建物の雰囲気は情緒満点。いいぞ、いい感じだぞ。

じゃらんなどでは予約できないようなので、いまどき珍しく電話をしてみると、「女将が留守なのでいまは予約がとれない」というこれまた昭和館のあるのんびりた返答。しばらく待っていると、折り返しのお電話があり、まさに「小津さんがお使いになっていた部屋があいてますよ」との答えだった。しかも値段もかなりリーズナブル。「よっしゃあ、その部屋をお願いします!!」ということになった。

夫のI君には「えっ!そんな遠くまでわざわざ行くの?」と驚かれたが、いいじゃん、海の近くなんて、文豪みたいでしょ!こういうのって雰囲気が大事なのよー。そうして、いってきました茅ヶ崎感。

ここがまさに小津さんが使っていた部屋だそうだ。静かで、清潔感があり、机も大きくていい感じだ。うん、確かにここは書けそうな予感がビンビンする。お部屋を案内してくれた80歳代の品の良い女将が「ここで書いた人はみんな賞をおとりになるんですよ!」と言う。私が何者かもしれないのに、女将は何かを見透かしているようだ。わお、ゾクゾクします。いい、いい感じだ。

窓から見える庭の木々も美しく、疲れたらすぐぱたっと眠れるのも嬉しい。私は15時にチェックインするなり、すぐに書き始めた。

17時をすぎたころだろうが。早くも二つの危機が訪れた。

まず部屋が圧倒的に寒い。
うー、さむ!と自然に声が出てしまう。
大正時代に作られたという建物はさすがである。暖房をガンガン書けたところで、全然あったまらない。あわててホカロンを背中に貼る。それでも寒くて、寒くて、なけなしの集中力が途切れがちだ。そして、もうひとつは電源問題。机とコンセントが遠すぎてるので、ずっと充電で作業していたのだけれど、もう電源が切れそうな予感である。

というわけで、海の近くのデニーズに移動。「デニーズへようこそ!」の声に、ああ、よかった、デニーズがあってと感謝する。電源を借り、ご飯を食べ、コーヒーをおかわりし、夜の9時までガンガン書く。いいぞ、集中できるぞ!

そして、いったん宿に帰るとお風呂に入り(素敵なヒノキのお風呂)リラックスしたあとは、再びガンガンと自分追い込みタイムに入る。

電球一つだけが唯一のあかりなので、部屋が薄暗く、急激な睡魔に襲われるが、「でも、せっかく自腹でカンヅメしてるんだし!」という貧乏性効果でなんとか深夜1時まで頑張る。途中で、父に関するいやーな思い出や辛かったことををいくつも思い出し、何回も泣きそうになるが、ぐっとこらえて、書く!書く!

翌朝は、「せっかく自腹でカンヅメしてるんだし!」を合言葉に、朝6時に起床し、再びお風呂に入った後は、チェックアウトの10時まで再び書き続けた。途中で、どうしてこんな原稿書くんだっけ? こんな恥ずかしいことを、わざわざ世間に晒す意味ってなんだろうと悩んだが、それでも書く。

チェックアウトの時は、女将が樹木希林さんの直筆のメッセージを見せてくださる。ありがとうございます。

おかげさまで書けました。
その後、加筆修正して3万字。
章タイトルは「建てられなかったホテル」に決定。

「晴れたら空に骨まいて」は来年の春、文庫化される。
あ、でも、全然読まなくていいっす!
ほんと、苦労したわりに、なんかもう書くだけで満足。もはや読まれない方がいいと思ってしまう不思議な原稿なのである。




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