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「迷惑恐怖症」、発動

2020年5月4日(月)

【Day 46】

今日はいいことが一つと、悪いことが一つ。


昼間、不意にドアがノックされた。

最初は長女の部屋のドアを次女か三女がノックしているのかと思ったが、再びノックされた音は玄関から聞こえてきた。

インターフォンが鳴らずに直接玄関をノックできるとしたら、それはこのタウンハウスの住人しかいない。

僕は二階で仕事をしていたが、一向にアッコが対応する気配がない。おおかた仕事の手が離せない状況なのだろう。仕方なく階段を降りて行くと、窓越しに、あご髭を蓄えメガネをかけた男性と目が合った。

取り敢えず手を上げ、挨拶の意思を示すと、向こうも手を上げて応えた。Tシャツに短パンというラフな格好だったし、手ぶらに見えたのでやはり同じタウンハウスの住人と見て間違いないだろう。

リビングを見ると、案の定アッコはヘッドホンを装着し爆音で音楽を聞いているようだった。

「玄関玄関!なんか住人の人が来たよ!」

僕は集中しているアッコに強引に割り込むと、玄関に誘った。おそらく、住人が挨拶にでも来てくれたのだろうと思ったのだ。先週も、お向かいさんがわざわざ挨拶しに来てくれたし、こじんまりとしたこのタウンハウスの住人たちは、良いコミュニティを築いているように見えた。

「ハイ、ハワユー。隣の住人なんだけど」

ドアを開けた瞬間、男性は早口で喋り始めた。見た所30代前半といったところだ。

「ハイ」

我々も受け応える。そして、我々が最近引っ越してきたばかりであることを伝えるよりも先に、男性が語り出した内容に驚くことになる。

「もしかして、鍵を落としてないかな?」

彼がポケットに突っ込んでいた手を出して僕たちの目の前にぶら下げたのは……

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紛れもなく、先週ずっと探していた(そして、合鍵を新たに作るしかないかと諦めかけていた)この家の鍵だった。

「イエス、イエス!ありがとう!どこにあったの?」

「このタウンハウスの敷地に落ちてて、ここの住人はみんなワッツアップで繋がってるから、誰が落としたのか聞いて回ったんだけど、みんな違うっていうから、お宅じゃないかって思ったのさ。ワッツアップ入ってる?電話番号教えてもらえる?」

ここまで一息で喋るものだから、敷地内のどのあたりに落ちていたのかは聞けずじまいだったが、そんなことはこの際どうでもいい。

何しろ鍵を管理していたのは僕だったから、転居早々に鍵をなくすという失態が、先週はずっとトゲのように引っかかっていたのである。

昨日の日記に鍵を失くした話を書いたら、その翌日にこんな展開が待っているとは!

リモコンの件といい、なんだか呪いが解けた気分だ。リモコンは単なる三女のイタズラだったけど……(意図的なイタズラだったことが本日判明。本人確認済み)。

僕には目の前の隣人が神に見えた。

「迷惑恐怖症」、発動

ところが、神が続いて喋り出した内容は、決してハッピーなものではなかった。

「このタウンハウスはいいコミュニティを築いているよ。何かあったら言ってくれ。それと、こっちの隣に住んでいるジョン(だかジャックだか、定かではない)が言ってたんだけど、君たちは子供がいるだろう?夜ちょっとうるさいらしいんだ。階段を上がったり下がったりする音が。特に10時半以降は。彼らは子供がいないし、静かに暮らしているから」

……な、なるほど。

小学校の裏だからといって、ここに住んでいる全家族に子供がいるわけではない。当たり前のことだが、場所柄、子供に対しては寛容な住人ばかりに違いないと決めつけていた部分はある。

我が家の子供たちはかなりうるさい部類に入るだろう。特に次女や三女は、姉妹ゲンカでストレスを溜めるたびに、金切り声を上げ、やり場のない怒りをドスドスと歩くことで解放する。ドスドス歩く音は、隣人側に響くもの。東京に住んでいた時は、おそらく隣人からかなり大目に見られていたはずだ。

それはわかっていて、普段から止めようと躍起になっているからこそ、面と向かって指摘されると心に雲がかかる。それだけでもう、ちょっと食欲がなくなりそうなほどである。

僕は、亡くなった母親譲りの「迷惑恐怖症」を自認している。つまり、自分の行動が誰かにとって迷惑になることに対して非常に強いストレスを感じるタイプなのだ。母は人を待たせたくない(待たせて文句を言われたくない)という理由で、いつも約束の30分前には待ち合わせ場所に到着しているような人で、母の遺言は、まさに迷惑恐怖症が究極の形で現れたものだった。

そんな僕の気持ちを見透かしたのか、隣人は続けた。

「僕らも一緒さ。子供がいるんだけど、もしうるさかったら遠慮なく言ってくれ。お互い様だからね」

そう言い残し、隣のナイスガイは「ナイストゥーミーチュー」と言い残して自分の家へ戻っていった。

とても親切であると同時に、裏表なくなんでも正直に話す。ダメなものはダメ。うるさいものはうるさい。そういう感じがこちらのカルチャーなのかもしれない。

ともかく、反対側の隣人にはどこかで挨拶をしておくべきだろう。


そして、その後一日中、僕の迷惑恐怖症の被害を被ったのが、やはり次女と三女のコンビだ。

ケンカで声を荒げることはもちろん、少しでも大きな声で笑おうものなら「うるさい!ここに住めなくなるよ!」と怒鳴られ、階段は「引っ越したくなかったら忍者のように歩きなさい!」とムチャ振りされる始末。


その様子を見て長女は「おとうの方がよっぽどうるさいよね」とアッコに耳打ちしていたとかいないとか……

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