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「みぱ隠し」という超常現象

2020年5月3日(日)

【Day 45】

昨日長女が作った「ミスチ」は絶品だった。

なぜかウチにストックしてあった意識高めのラベンダーソルトを散らすと、それはもう代価を払えるクオリティと言っていいだろう。ありがとう田村さん。

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そして、黙っていられないのが長女に異常なほどの対抗心を燃やす次女である。そこで、今夜の夕食は次女がラザニア作りにチャレンジすることになった。

レシピはラザニア作りが得意な友人から教わったもの。友人はカツラと言う名前なので、「ミスチ」に対抗して「カツラザニア」とでもしておこう。

次女は当然、料理の過程も含めて写真の撮影を求める。自分のラザニアも日記のネタにして欲しいのだ。

「おとう〜!今!美味しそうだよ!写真とって!」

そしてほぼ同時に、三女が声をかけてきた。

「おとう〜!ぺんちゃん(ペンギンのぬいぐるみ)さがしてよ〜」

僕はその時、リビングでくつろぎながらネットフリックスで「アフターライフ」を鑑賞していた。

わずかに次女の方が先だったから、まずは「カツラザニア」の制作過程を撮影することにして立ち上がる。

「みぱはちょっと待ってね、先にむにーのお料理の写真撮るから」

おっと、一時停止しておかないと。僕はドラマを見るとなったら、1シーンたりとも逃したくないタイプなのである。

立ち上がりながら一時停止ボタンを押し、キッチンに向かった。リモコンはその場で床に置いた——つもりだった。

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次女の料理を写真におさめ、三女が探していたぺんちゃんを三階の子供部屋で見つけると、僕は「アフターライフ」に戻ろうとした。

しかし、ないのである。床に確かに置いたはずのリモコンが。キッチンで写真を撮り、子供部屋でぬいぐるみを探したほんの10分の間に、忽然と姿を消したのだ。

最初はすぐに見つかるだろうと高をくくっていたのだが、甘かった。リビングはもちろん、写真を撮りにいったキッチン、ぬいぐるみを探しに行った子供部屋。あんなに大きな黒いプラスチックの塊だから、よほど意図的に隠さない限り、簡単に見つかりそうなものなのに、どこにもない。

僕はラザニアが焼きあがるまでの1時間、徐々に捜索の範囲を広げ、全ての部屋のスーツケースを一つずつひっくり返して中身を確認するなど、最後にはガサ入れ同然の様相を呈していた。

それでもリモコンは見つからない。テレビは一昨日買ったばかりだ。

念の為、一緒にぬいぐるみを探していた三女にも声をかける。

「みぱ、リモコンどこにあるか知ってる?」

「しらないよ」

まあ、そうだろう。

「これは神隠しだね」

苛立ちを隠さない僕を嘲るように長女がのたまう。まるで他人事である。

しかし、長女の言うことはあながちあり得なくもない、と思えた。何しろ、新居に越してきた3日目ぐらいに早くも家の鍵を紛失しているからだ。鍵の時だって、僕は無くさないように相当に気をつけていた。それなのに、やはり鍵は忽然と姿を消したのである。

僕は基本的に信心深いタイプではないが、これは本当にそういう類の出来事なのではないか?

次女が初めて作ったラザニアは想像以上に美味かったが、心はリモコンのことばかり考えていた。

「ポッケに入ってるんじゃないの?」
「本当にリビングに置いたの?」

家族は、口々に僕のことを責め立てる。そこまで言われると、本当にリビングに置いたかどうか自分でも自信がなくなってくる。

「置いた!……と、思うんだけどな……」

「みぱ、おとうがぺんちゃん探しに行く時、リモコン床に置いてた?」

次女が聞くと、三女は意外なことを口にした。

「かいだんにおいてたよ」

「ほらー!置いた場所違うじゃん」

なるほど、階段に置いていたのか。しかしそれは捜索の助けにはならない。何しろ、これだけ階段を行ったり来たりしているのに、そこにリモコンはないのだから。

あまりに沈んだ顔で食事をしていたためか、アッコが気の毒そうに「食べたら一緒に探すよ」と声をかけてきた。

僕は力なく頷くと、早々に食事を済ませて、再びルートを一から辿った。リビング、キッチン、三階の子供部屋のベッド。おもちゃ箱。スーツケース。やはり見つからない。

そのうち食事を終えたアッコが三階にやってきて、捜索に加わった。

「ベッドは?スーツケースは?裏側もみた?」

残念ながら、そんなところはとっくに、満遍なく探しているのだ。もはやこれまでか、リモコンだけ改めて購入するしかないかもな、と思い始めた時だった。

次女が息を切らせて階段を駆け上がり子供部屋に飛び込んできた。

「なんか、みぱが突然『ぜったいりもこんみつけられるよ』って言い出した」

「え!?」

「だからみんな下に来て目つぶってて欲しいんだって」

僕とアッコは顔を見合わせた。すでに笑いを堪えるのが難しくなっている。薄々はそうじゃないかと感じていたが、この失踪にはやはり三女が関与しているらしい。

僕らは長女も階下に呼び出すと、リビングに集合した。当の三女は、食卓で呑気にチョコアイスをなめている。

アッコが声をかける。

「みぱ、リモコン見つけられるの?目つぶってるから見つけてきて」

「いまあいすたべてるから、たべおわったらね」

次女が改めて聞く。

「絶対に見つけられるの?」

「うん」

僕があれだけ落ち込んでいたのを知ってか知らずか、いい気なものである。しかし、不思議と腹は立たない。三女の才能だろう。

そして約5分かけてアイスを食べ終えた三女は、「よいしょ」と、おもむろに椅子から降りると「おめめつぶって〜」と僕らに指示を出した。

目をつぶらされた4人は、やはり笑いを堪えるのに必死だ。みんな暗黙の了解で、目を両手で覆うフリをしながら、指の間から三女の行方を追った。

三女はまるで知恵のある子猿のようだった。

まっすぐに隠した場所へ行かないのだ。「まだおめめあけちゃだめ〜」と言いながら、キッチンやら玄関やら、いろんな所の引き出しを開けて、「本気で探すフリ」をしている。

しかし、ここで焦って「早く!」などと言おうものなら、ヘソを曲げてしまいかねないので、辛抱強く待つ。

そして5分ぐらい経った時、三女が二階から後ろ手に何かを持って降りてくると、アッコの膝元にそれを置き、「いいよ〜」と宣言した。

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紛れもなく、それはテレビのリモコンだった。

それぞれ必死に堪えていた笑いが、解放され、爆笑に包まれる。

どうやら長女の部屋のクローゼットの引き出しにしまってあったようである。意図は不明だ。なぜなら、それについてはいくら聞いても三女が答えてくれないからだ。

イタズラで隠したのかもしれないし、もしかしたら僕が階段に置きっぱなしにしていたリモコンを善意で拾い上げ、ぬいぐるみを探している時にそこへ置き忘れていたのかもしれない。どちらかというと後者な気がする。

だから、最初は本当に知らないと言っていたが、途中で思い出したのだろう。そして、僕が想像以上に不機嫌になっているのを見て、言い出しづらくなった、といったところだろうか。

それにしても、長女や次女が同じことをやろうものなら叱り飛ばされそうなことでも、こんな微笑ましい結末を迎えてしまう三女は、ある意味「座敷わらし」のような、超常現象の一種と言えるのかもしれない。

神隠しならぬ「みぱ隠し」である。


これは、紛失した新居の鍵も「みぱ隠し」である可能性が出てきたな。

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