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【余談】スーフィズムやペルシア語詩の人間観も調べないといけないなと思った

今回の話は「トランスジェンダー」に直接かかわるわけではありません。(ただし間接的にかかわる。)余談です。

創価大学系の「東洋学術研究」 という雑誌があります。

最新の通巻187号(第60巻第2号)では、佐藤優さんのフロマートカの人間論や、池田大作さんのご講演が並んでいます。
その雑誌の扉絵が、なんと、「ナヴァーイー著『イスカンダルの城壁』を題材として1485年にヘラート(アフガニスタン北西部)で制作された細密画(ボードリアン図書館所蔵)の一幅」なのです。


1.ナヴァーイーとはだれか?

ミール・アリーシール・ナヴァーイーは、おそらくウズベキスタンでは知らない人はいない「国民的文学者」となります。
ペルシア語優位にあった世界にあって、ウズベク語を確立した人物、のようにウズベキスタン国家的には評価されるようです。現在の「国語」としてのウズベク語とは異なるのですが、それに連なるものとしての評価なんだと思います。
(ちなみに、創価大学⇒テルメズの仏教遺跡⇒ウズベキスタン⇒ナヴァーイー、という連想が働きます)

私は昔、トランスジェンダーの問題をやる隠れ蓑(?)として「ナショナリズム」に関心を持っていました。ベネディクト・アンダーソンやゲルナーなどのそれですね。これをやると、「枠からはみでてしまうもの」という問題に行きつきます。ネーションステートにある少数民族の位置づけなどですね。トランスジェンダー問題もある意味そういう「境界」の問題ですので、哲学的にはいい「隠れ蓑」のように思われたわけです。

それで、学部のときに「ナヴァーイー」について少し調べ、ペルシア語(タジク語)の伝統とウズベク語を止揚したことにこそ価値があると考えれば、単なるウズベク語の偉人としてナショナリズムの道具(=偶像とも言える)にするのはどうなのか、といったことを書いてみたりしました(→議論が粗削りだったので、破棄しました、すみません)。

その後仏教研究に進み、アマチュアの「ナヴァーイーウォッチャー」こそ続けるものの、結局、トランスジェンダーの問題に直視せざるをえなくなり、と同時に、ナショナリズムの問題には関心がなくなってしまいました。

2.神秘主義思想として

それで、なぜまた、この「ナヴァーイー」に着目しているかというと。イスラーム神秘主義思想家としての面があるからです。スーフィズムですね。

雑誌の中の菅原睦先生の論考「ナヴァーイーの『篤信家たちの驚嘆』について」を読むと、それが分かります。たとえば、四つの貝の宝石こと四元素(’anaasir-e arba'a)や、言葉でhayvanと区別されるという人間観は、最近の真殿琴子さんのオスマン朝期のdevriyyeの説明を思い出すものです。スーフィズム特有の流出論的世界観とでも言えましょうか。(ただ、これらが神秘主義の説として、どの程度一般的なのかは、不勉強で分かっていません。)

スーフィズムといえば、Khawaja Sara(ムスリム系のヒジュラ)がチシュティー教団の詩をありがたがっている。
ということで、Khawaja Saraの「内在的論理」というものを理解するには、
スーフィズムや広義のペルシア語詩の理解が不可欠だと考えたわけです。

インドのアミール・フスラウは、ニザーミーやアッタールやジャーミーらのペルシア語詩の伝統にありますが、ナヴァーイーもしかりです。
なんとも先の長い話ですね。ですので、これは10年~20年スパンで考えております。

3.ある部分を抜き出してしまう一面的な理解についての懸念はある

しかし、「ナヴァーイーウォッチャー」としては、こうしてある部分のみを抜き出すことは、文学作品としての面白さを無視してしまうことにつながってしまうのを懸念します。ある部分、というのは、「ナショナリズム的理解」であっても、「神秘主義思想としての理解」であっても、ということです。
たとえば、この論考で指摘されている箇所で面白いものに、ナヴァーイーが他のチュルク語詩人を批判したり、王宮の酒宴を戒めたり、サマルカンドで苦悩したりする姿があります。他の人の恨みを買わなかったか心配になるものです。
こうした部分を無視してしまうこともありうる、といったことは念頭に入れて、いろいろ調べていきたいと思います。

冒頭写真は、2013年、ウズベキスタンのタシケントのチョルス―・バザール近くのロシア式サーカス前広場です。

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