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私の記憶に棲みついた2頭のシロクマ

欲しかった大きめのリュックサックとサンダルを買い、暑さから逃げるように喫茶店に入った、まだ夏の日。


空色のクリームソーダを頼んだ。
バニラアイスにさくらんぼがちょこんと寄りかかる、かわいいフォルムのやつ。

映えのためにクリームソーダを頼んだわけじゃないと、言い聞かせている。


クリームソーダにミルクが溶けてく溶けてく。
クーラーの効いた店内なのに、窓際の日差しのおかげで秒だ。


ストローを回すと、四角い氷がからんからんと鳴く。
おもちゃのようなちゃっちい音で鳴く。

そのあとに気泡が上へ上へと上がっていこうとする様子を、あぶくとなって消えようとする様子を、ずっと眺めていた、、
かったが、縁からバニラアイスの丘が崩れ落ちそうだったので飲む。


底に溜まった深海のように蒼いシロップとバニラアイスが、甘ったるいまま胃の中へ流れ込んでゆく。


水色とクリーム色、なんだか水族館のシロクマを思い出す。
いや、あれは動物園のシロクマだった。




地元の動物園には2頭のシロクマがいた。
子どもたちが集まるメイン広場の一角、彼らはいつもそこにいた。

階段を少し登った先で、上から彼らを眺める形になっているそこは園内屈指の見晴らしの良さで、いつもわくわくしながら駆けていった。

日当たりの良い、彼らにとっては小さすぎる水色のプールを幼い私はよく眺めていた。
柵の間から手を出してみたり(柵から腕が抜けなくなったときは焦った)、母に言われて恥ずかしがりながらも名前を呼んでみたりもした。

果物の埋められた大きな氷をプレゼントされ、大切そうに抱きかかえる彼らを見ながら、シロクマってこんなに暑いところでも生きていけるのかな、なんて幼いながらに少しは考えたりもしたっけ。

そんなこんなで、彼らは間違いなくみんなから愛されていた。



あるとき、2頭が1頭になった。

残された方のシロクマは、数メートルしかないプールをぐるぐるとひたすらに泳ぎ続けた。
ぽつんと物寂しげにそこにいたのに、プールは2頭がいたときよりもずっと窮屈に見えた。
それでも動物園の人気者であることには変わりなかった。



やがて、色褪せた水色だけが残された、と地方のニュースで知った。




今あそこにシロクマはいるんだろうか。

まだ真っ白な毛並みを持つシロクマがいてほしいという希望と、幼い私の記憶を上書きしないでほしい気持ちとが混ざり合う中、私は液体となったクリームソーダを飲み干す。


残った氷が溶け出して角がなくなっている。
つるつるとした氷もどこか美しい。

あのときの彼らもこんな気持ちだったんだろうかと考えている私は、まだクリーム色のシロクマの虜になったまんまだ。

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