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無痛分娩レポートと 入院中メンタルが崩壊した話


こんにちは。
アメトーークのL'Arc〜en〜Ciel芸人を見ていて、
もれなく瞳の住人脳内エンドレスリピート中です。


今回は、無痛分娩のレポートをしたいと思います。
そして以下は、1人の無痛分娩経験談であり、すべての人に当てはまるわけではありません。



元々里帰り予定で、実家寄りの病院での出産だったのですが、出産1ヶ月前に帰省して産休ライフを送っていた際、実母のヒステリックが炸裂し、2週間でそそくさと自宅に逃げ帰ってきました。

そんなわけで出産病院から約4時間離れた自宅で
3日前まで過ごしました。(本当はよくないです)


入院前日(出産2日前)は夫も仕事を休み、病院近くのホテルに一緒に泊まってくれました。
入院前夜は緊張からか、2人ともあまり眠れませんでした。


13時ごろ入院受付で受付し、病棟にあがります。ここで夫とはお別れです。
検査結果が出るのを個室で待機していた時、赤ちゃんの声がちらほら聞こえてきて、その時急にすごく実感が湧いて、
あー。赤ちゃんに会いたい。早く会いたい。ってすごく思ったのを覚えています。
それまではなんだか実感が中途半端だったんですよね。。



出産前日(入院日)の夕方に、陣痛が誘発されるように子宮口らへんにバルーンを入れました。
入れた時は痛かったですが、抜けたのは気が付きませんでした。あとは下剤を内服します。

4人部屋では他の御三方は既にご出産されていて赤ちゃんがずっと泣いていたので、出産前夜も2時間睡眠となり、連日の睡眠不足となってしまいました。



翌日は朝4時には分娩室にいけるように起きて、内服からスタート。
分娩前室のような部屋に行き、そこのベッドにて、7時あたりから点滴で促進剤スタート。
内服の時点で生理2日目くらいの痛み、点滴スタートしてからはけっこうかなり痛みだす。ただ、日勤帯の方が人手が揃うのでいいだろうというのと、どのくらいでの導入が普通かわからなかったこと、痛みも短時間だから耐えられないことはなかったことから朝9時半ごろにエピ開始。
座って入れた。入れたら驚くほど痛みが消えて、そこから爆睡。

隣の方は経産婦だったらしく、午後1時くらいに分娩台へ行った。(逆隣の人は我慢できず4時くらいに麻酔導入していた)
ちなみに麻酔導入前は点滴棒を持ちながらトイレに行けるが、助産師さん付き添いでしか行けないため、助産師さんが来てくれるまで我慢するのが地味に辛かった。笑

麻酔導入後は2時間おきに導尿してくれるんですけど、あれって麻酔導入前からもうバルーン(尿)入れちゃだめなんですか??内診の時邪魔になるからだめなんですかね。邪魔か、普通に。笑


導入してからは2時間おきに導尿してもらったり、ちょくちょく先生が来て内診したりして順調に経過。
連日の睡眠不足を解消するためにずっと目をつむっていた。
一回だけ麻酔追加してもらったが、本当に痛みなし。
スマホも電源オフじゃないとだめだったので暇だったんですけど、不思議と本を読む気分にはならなかったんですよね。。

胎児の向きを調整するために体位変換とかして、
夕方導尿しようとして開脚した瞬間に破水。風船が割れるような感覚で突然すぎてびっくりして助産師さんも笑。
すぐに先生に連絡して分娩台へ。
分娩台で導尿してもらって、いきむ練習をして、助産師さんのかけ声に合わせて何回かいきんだ。助産師さんも、先生も、麻酔科の先生もみんな優しくわかりやすく声かけしてくれて、嬉しかった。


4回目か5回目にいきんだ時、もういきまないで!って言われて、無事に我が子誕生!!!



まだへその緒がついて洗ったりしてない状態の赤ちゃんを一瞬見せられた時は、なんかわからぬが感極まって涙が出そうになった。
でも無痛なのにな、、と周りの目が気になり泣くのは堪えた。笑


その後、縫合などの処置が終わって、赤ちゃんもきれいにしてもらい、助産師さんが写真を撮ってくれた。
その場でエピ抜いてベッドで部屋へ。
麻酔が切れるのがこわいなー。と思いながら夕飯早く食べたいなーって思ってた。
順調に進んだけど、もし2日に及ぶなら一旦麻酔切って夕飯食べて、ご飯食べたら2時間?4時間?麻酔再開できないから夜続ける場合もあればなんやらって言ってた。
会陰切開はしたものの、通称内診ぐりぐりと呼ばれる卵膜剥離や人工破膜はせず、鉗子や吸引なども必要なかった。


夜の11時頃、助産師さんと初回歩行の際、立位でめまいして中断。
その後わりとすぐにもう一度とトライして、トイレまで行けたけどおしっこ出ず。
20分くらい経ってもう一度行きましょうと言われ、一人でトイレに行った時、
目眩がぐわんぐわんして、本当に目の前真っ暗、倒れると思ってぐるんぐるんになりながらなんとかベッドへ戻れた。
横になったらすぐに治って、こっそり鉄サプリを飲んだ(本来は主治医に一言聞いてください)
そして昨日の夕飯ぶりのご飯を頂く。


出産当日の夜は新生児室で預かってくれて、翌朝8時ごろ迎えに行った。
ああ、なんて可愛い生き物なんだ。と。
もう、衝撃でした、自分の母性の爆発が。
今まで本当に母性がなかったんですけどね。
産後は大変って言うけどそんな大変なら預けたらいいじゃん。
みたいな、ほんと漫画になりそうな典型ダメパパみたいな感覚でした。笑

産後はもう可愛すぎて、
なんて可愛い生き物をこの世に生み出してしまったんだ、、、!!!
こんなに可愛かったら、盗まれる!!
24時間見ていたい、、、1日24時間じゃ足りん!!1日100時間になって100時間見てたい!
預けるなんて、、可愛すぎて片時も離れたくない、、!!
と、心身の疲労は限界でも、預けるのはとても不安で罪悪感もあり、なかなか預ける気にもなりにくいです。


無痛とはいえ会陰や子宮のダメージは普通分娩と変わらない為、身体はズタボロ状態のまま母子同室が始まりました。
本当に可愛くて、見返すとほとんど同じ写真や動画が山ほどあります。一瞬も見逃したくなくて。笑


産前から続く睡眠不足、会陰と腹部の激痛、やり方のいまいちわからない授乳、泣き出すと同室の赤ちゃんがカエルの合唱方式に輪唱が始まる罪悪感、泣き止ませ方もわからん、、、そんな状態でけっこう限界に近づいてゆきます。

そして病院ではミルクは3時間おきと決められていて、ミルクはナースステーションに置いてあるのでこっそり取りにも行けず、おっぱいもまだそんなに出ず、お腹すかせてごめんねと、泣いてる口に騙し騙し指をしゃぶらせてごまかしてた時は、本当に悲しくて申し訳なくて情けなくて泣きました。
どうしようもないんです!って助産師さんに泣きつけばよかったのかもしれないんですけど、なんせやったことないし何をどう、どこまで頼っていいかもわからなかったんです。みんな自分でどうにかしてるもんだと思ってました。
(そして、今考えてみれば空腹で泣いていたとも限りません。眠い、暑い、眩しいとかだったかもしれまけん。ただ、育児について何も知らなかったので、泣いてる=空腹としか知識がありませんでした。なんで誰も教えといてくれないんだろ、直前まで仕事で産休中は手続きや準備に追われ、赤ちゃんは泣くと言うけど、まさかこんなにも泣き続けるなんて知らなかったのでもちろん理由を調べることもしなかったしこれ誰が悪いん?と、あらゆる事例に対応できるように事前に準備する派の私はイラつきました。笑)


そんなことを繰り返しながらも、表面上はなんの問題もない患者でした。それまでは。笑
退院前日の、朝ご飯を食べ終わった頃から徐々に胸が張ってきて、昼前にはカッチコチのもう岩状態の激痛おっぱいになってしまい、
それまでのいろいろとごっちゃになって、ついにメンタルの崩壊が起こりました。笑
もう、ラウンドの助産師さんが去るまでも持ち堪えられないくらいになり、涙がブワーーーと溢れてきてしまいます。
人前で泣いたのなんて、そうですね、、いつぶりでしょうか。高校の部活の引退試合ぶりか?くらいですかね。
情けないと思いながらも歯止めがきかず、
助産師さん2人がかりで両胸を搾乳してもらいました。
なんとも痛みに弱すぎですね。
だから無痛分娩にしたんですけど。笑
普通分娩なら陣痛が痛すぎて、こんな胸の痛み屁でもないかもしれませんが私には痛すぎますと泣いたら、
でもまた違う痛みって皆さん言いますよ、
となんとも優しい助産師さん達に支えられました。

この後、少しクセあるなと思っていた同室患者さんがわざわざ訪室してくれて、胸の張りに良かったごぼう茶を差し入れてくれました。
このご時世あまり差し入れなどは良くないかもと思いつつ、人の優しさが本当ーーに沁みました。
ほんの少しクセのある方でしたが、私よりは何倍もできた方でした。
助産師さんやあの同室患者さん、本当にありがとうございました!!!

結局、入院最後の夜は新生児室に赤ちゃんをお願いして夜はゆっくり休むことにしました。
同室の赤ちゃんが泣くので、めちゃくちゃ寝れたかと言われたらそうではないですが、安堵感は凄かった。
この生命はわたしに全責任があるんだ、という重圧からの少しの解放ですかね。病院で複数の患者様の命を預かる仕事をしてきたわたしでも、すっごい重圧でした。




今後出産を控えていらっしゃる方がいたら、
心身のダメージや産後のホルモンバランスで不安定になることも多いと思います、入院中はぜひ預けることに罪悪感を抱かずに、無理せず、助産師さんをたくさん頼って、赤ちゃんを愛して愛しまくって欲しいなと思います。


頑張ってください☆



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