見出し画像

私的社会復帰法

目を覚ますと、薄暗い光が差し込んでいた。 
何時なのかも検討がつかない。
ただ随分と寝た、という実感はある。

テーブルの上には
飲みかけのコーヒーと薬の箱。
そして、散乱した夕食の食器類。

ひどい。
我ながらひどすぎる。

そのまま、ベッドに戻りたくなったが
後からまた体が重たくなることを
長年の経験で知っているのでやめた。

ここで初めて時計を見る。
午前11時だった。 
薄暗い光は、どうやら雨のせいらしい。

予定のない休日。
寝休日にしてしまおうかと思ったが
なんとなく外に出たい。
というが出た方がいい。
ただただ、そんな気分に従うことにした。

化粧をする気力はなかったため
すっぴん、めがねで街に出る。

これまたひどい。
笑えるほどひどい。

かろうじて、お気に入りのリップを。
マスクで見えないけれど
これぐらいの美意識ぐらいは
また残っているんだよ。
と言わんばかりに。

しばらく道なりに歩いていると
突然、やわらかな風が吹いた。
すると急に道端の小さな花が愛おしくなる。
川の水面がキラキラと眩しくて
鼻の奥がツーンとした。

なんだろうなぁ。なんなんだよ。
泣くはずでは無かったのに。

もう会えない人たち。
伝えられなかった気持ち。 
傷つけてしまうことになる言葉たち。

久しぶりに心の奥の灰色が流れ出てきた。
本当は涙が出るほど嬉しいのに
そんなことも伝えられない自分の不甲斐なさ。

後悔してもしきれない過去は
皮肉にも今の自分を守ってくれている。
虚しい、悲しい、悔しい。

家に戻ると、ちょうど日が暮れる頃だった。
どんな1日であろうと、お腹は空く。
暑くても寒くても、泣き疲れてもお腹は空く。
それだけは知っている。
これも長年の経験からなのか。

冷蔵庫にはチョコレートとコーヒー。
そして少し萎びた野菜たち。
ふーっと息をつく。

とりあえず、ご飯だけは炊くことにして
その間にお風呂掃除をする。

あれ。いつもと同じ動きをしてるぞ、私。
なんだか笑えてきた。

本当に明日は明日の風が吹くのか。
そんなことは誰にもわからない。 

ただ怖くて不安が取り巻く景色にも
涙してしまうほどの美しさがある。
そんなことを感じた1日だった。

だから、私は歩く。
ひたすらに、ガムシャラに。

歩けるうちは
まっすぐ伸びる道に
歪な足跡を残そうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?