見出し画像

家族に大事にされてきたぬいぐるみ

 元々は私の祖父母の家、今は叔母が暮らしている家に、久しぶりに私が20年前に祖母にプレゼントしたぬいぐるみが久しぶりに戻ってきた。

 約20年ほど前、祖父が亡くなった。祖父を病院で看取ったのはたまたま祖母一人で、時代背景もあり、目の前で亡くなる直前に心肺蘇生をされた祖父の姿を見て、かなりショックを受けていた。葬儀が終わって日常の生活に戻ったら、日中は一人で過ごすことになる。そんな祖母が心配だった。

 当時、私は国家試験を控えた看護短大の学生。講義と実習を経て、ある程度の知識を得ていた私は、何かをしてあげたいという気持ちでいっぱいだったが、実際の経験の少なさや若さ、そして国家試験という大きな出来事を控えているという状況から、できることには本当に限りがあった。実際、葬儀が終わったら、学校に戻り、試験勉強を再開しなければならなかった。

 そこで、祖父母の家から歩いていけるショッピングモールまで一人でふらっと歩いていき、当時売られていたしゃべるぬいぐるみを買ってきて、祖母にプレゼントした。20年前だから、今の最新のAIを搭載したものなんかよりはるかに単純な仕組み。限られたパターンの言葉を時々話すだけ。でも、何となく置いとけば祖母の寂しさを少しは埋めてくれるのではないかと思ったのだ。

 私の想像以上に、そのぬいぐるみは祖母にかわいがられた。もう忘れちゃったが名前も確かついていたような…。ぬいぐるみは標準語、祖母は方言だから、コミュニケーションに壁があったようだけど(笑)、遊びにいくとなんだかんだ祖母とそのぬいぐるみは会話していた。叔母によると、祖母はいつも一緒に寝ていたらしい。

 祖父が亡くなってから約15年、祖母はぬいぐるみを残して、祖父のもとへ旅立っていった。ぬいぐるみは私がお願いしていた以上の役目を果たしてくれた。15年というと電池で動くぬいぐるみにとってもそろそろ寿命。その後、どうするかはなんとなく叔母に託した形となった。

 しかし、私の予想外に、そのぬいぐるみはもう一貢献してくれていた。高齢による様々な症状により施設に入ることになった祖母の妹のもとへ派遣されたのだ。ぬいぐるみはもうしゃべれなくなっていたが、まだ元気な頃には祖母の妹は話しかけたりしてかわいがっていたらしい。

 昨年、祖母の妹が亡くなり、今年のお正月に叔母の家を訪ねると、ぬいぐるみが帰ってきていた。祖母の妹の息子さん夫婦が「大事なものだから」と返してきたらしい。部屋の隅にちょこんと座っており、叔母は「なんだか処分するって感じでもないし」と話してくれた。

 20年も大人に大事にされてきたぬいぐるみ。買いに行って、箱から出して電池を入れた時、正直、みんなから馬鹿にされるんじゃないかと心配で仕方なかった。でも、私の願いを越えて、いつのまにかそのぬいぐるみは私たち家族の大事な一員になっていた。

 私が買ってきたことに関して、みんなから何かを言われたことは実はない。学生の私にしてはそれなりの値段のものを自腹で買ってきたことについても(笑)。ずっと故郷から離れて暮らしていたから、そのぬいぐるみの活躍は断片的な場面や話でしかしらない。もはや誰の所有物なのかもわからない。

 買ってきた当日に私からは巣立っていったぬいぐるみ。私から伝えられることはただ一つ、「私にできなかったことを、私の代わりに、私以上にしてくれて本当にありがとう。ご苦労さま。」


この記事が参加している募集

#この経験に学べ

55,886件

いただいたサポートは、自分を知る旅を続けるための本の購入にあてさせていただきます。