カーサベッラの「究極のカルボナーラ」と「たかはしたまご」後編
外苑前のイタリア料理店「カーサベッラ」のオーナー・シェフ越川徹也が2019年に記述したメモを妻である私がリライトして掲載しています。前編はこちらです。
後編は、念願の「たかはしたまご」を使った“究極のカルボナーラ”が誕生するまで、高橋さんとの絆、カルボナーラそして料理にかける想いを綴ります。
⒍ “究極のカルボナーラ”の誕生
2014年秋、念願の自分のお店「Hostaria Casa Bella」を遂にオープン。
しかし、オープンに至るまで幾度となく「カベ」にぶち当たり、直前には髄膜炎にかかり入院、退院後もしばらく思うように調子が戻らず、一番大切な「たかはしたまご」で作るカルボナーラは残念ながらオープンには間に合いませんでした。
やむなくオープン当初は別の卵を使い「王道のカルボナーラ」としてメディアにも登場し、お客様にもご提供していました。実際にこれはこれでなかなかの高評価でした。
その間、約半年に渡り、寝ても覚めても「たかはしたまご」でカルボナーラを作り続け、ようやく「たかはしたまご」で作るカルボナーラ、
いやこれぞ“究極のカルボナーラ”といっても恥ずかしくない逸品が誕生しました。
しかしお客様からは、
「前の方が好きだった」
「カルボナーラに2,000円以上も払えない」
など率直な意見もたくさんいただきました。
その中でも一番印象的だった言葉が、
「普通の卵を使って値段を下げたカルボナーラでいいじゃない」
・・・
???
それは私が決めることだし、それじゃカルボナーラにこだわっている意味がない。自分なりにお客様の言葉を理解しようと努めましたが理解できませんでした。
「他にもカルボナーラは食べられる店は五万とありますから、他の安いカルボナーラのお店に行ってもらって構いませんよ」
そうお客様に言ってしまったほどでした。
⒎ 失敗から生まれた人気料理
カーサベッラがオープンしてからの半年、
「たかはしたまご」でカルボナーラ作りを研究していた時に、
卵に火を入れすぎて“炒り卵”(スクランブルエッグ)になってしまったことがありました。
カルボナーラが炒り卵になってしまうと大失敗!というイメージが強いのですが、ローマのカンポディフィオーリにあるRistorante Campo di Fiori でカルボナーラを食べた時に、卵が炒り卵になっていました。
すごく驚いたのですが、食べてみると、これがびっくりするほど美味しかったのです。
カメリエーレに日本人のコックであることを伝え、
カルボナーラの炒り卵のことを聞いてみました。
すると、イタリアでは生で卵を食べる習慣がない。だからしゃばしゃばしてるならばちゃんと火を入れた方が衛生的にも良いし、美味しい。生卵はお腹にも良くない。と言っていたことを思い出しました。
確かに炒り卵(スクランブルエッグ)はこれはこれで美味しかったので、アンティパストでお出ししても面白いなと思い、トリュフがあったので一緒に混ぜて食べてみるとまさに絶品でした。卵とトリュフがこんなにも合うなんて!
今となっては、
トリュフとたかはしたまごのスクランブルエッグ“Uovo Tartufo”は
カーサベッラの人気定番メニューとなっています。
⒏ カルボナーラと「たかはしたまご」
【萌味たまごと金印たまご】
「たかはしたまご」には2種類の卵があります。
「萌味(めぐみ)たまご」と「金印たまご」。
高橋さんが低価格や大量生産が主流な現代の風潮を一切無視し、異端児と言われながら「鶏に対して誰よりも優しく、誰よりも厳しく」をモットーに卵の美味しさを追い求めた卵。“人が食べられること”を品質基準に飼料を開発し15年間におよぶ試行錯誤の成果が「金印たまご」です。
そこからさらに踏み込んで、コストの制約を度外視し、素材の品質と種類を共に必要と思われるものを必要なだけ、自然以上に自然の恵みを取り込み作られた高橋さんの思い入れの集大成が「萌味たまご」です。
カルボナーラを作る時には、お一人様分90グラムのスパゲティに対し、卵を2つ使います。卵黄は2個、卵白は1.1~1.3個。
「萌味たまご」2つで作るカルボナーラの場合、卵の主張が強すぎるので、太いスパゲティを必ず使います。パルミジャーノレッジャーノチーズ、ペコリーノチーズ、いずれも量が少ないと卵の風味でかき消されてしまうので、卵に負けじとチーズの量も必然的に多くなります。グアンチャーレもハーブを強く効かせた物を使います。
結果、かなり濃厚なカルボナーラが出来上がります。
慣れていない人であればカルボナーラだけでお腹がいっぱいに!
しかしカーサベッラはあくまでもレストラン。
パスタは料理の流れの1つ。
カルボナーラだけのパスタ屋をやるつもりは全くないので、あまりに存在感が強い「萌味たまご」だけでカルボナーラを作るのは断念しました。
試行錯誤した結果、現在は金印たまごを2つ使ってカルボナーラをお出ししています。バランスが良く、完成度が高いです。時々卵の状態を見て、萌味たまごと金印たまごを1つずつ使って作る時もあります。(2023年現在は1つずつ使うスタイルに至っています)
目標は、フルコースの中で食べても濃厚なのにペロリと食べられる萌味たまご2つで作るカルボナーラを完成させること。
まだまだ日々の研究、試行錯誤は続きます。
⒐ カルボナーラへ開眼した日
「たかはしたまご」を使ったカルボナーラを日々作り続けていた2016年の春、
とある雑誌に掲載されることになりました。
もちろん取材の目玉となるのは「カルボナーラ」。
取材を受けて話をすると実際に、「たかはしたまご」の高橋さんにも会って話が聞きたいということになり、高橋さんに電話をして取材の可否を聞いてみました。
昔の関係のままであれば断られていたかもしれませんが(笑)
この時は是非来てくださいと快諾してくださました。
私自身、たかはしたまごを使ったカルボナーラを毎日作っていましたが、日々頭を悩ませていたので、直接高橋さんに会って色々と話しを聞いてみたいと思っていました。
いざ雑誌のライターさんとたかはしたまごへ。
高橋さんは快く私たちを迎え入れてくださり、少し話をしたらすぐに養鶏場の中へ案内してくれました。ものすごく広い養鶏場にライターさんもびっくり。
天井は高く、風通しも良く太陽の光が差し込む快適な鶏舎。高橋さんがこだわるのは餌だけではありません。美味しい水に、鶏舎が自然災害で倒壊しても方針を全く変えることのなかった高橋さんこだわりの一列鶏舎。
鶏達の上には天井しかありません。
私自身、他にも鶏舎を見学したことがありますが、少なくとも3段はありました。ひどい所では8段、もしくは二階建てもあるようです。
通常、鶏舎に入れられた鶏達は二度と日の光を見ることもなく、上の段の鶏たちの糞尿にまみれ、最低限の餌を与えられ卵だけを産まされ続けるというストレスの高い環境をあてがわれるわけですが、高橋さんの鶏舎は本当の意味でストレスが無い。
そして、何より驚かされるのが全く臭くないのです。その清潔さにも驚きました。暴れている鶏も見当たりません。おそらく、ストレスが無いから鶏達が皆穏やかなのだと思います。
高橋さんの徹底ぶりを突き付けられ、改めて尊敬しました。
鶏に時に厳しくこだわる反面、鶏達をまるで自分の家族のように大切にしているのです。
取材も終わり、色々ともっと聞こうと考えていたのですが、私は高橋さんが取材中に話していた「家族」や「子供たち」というフレーズが引っ掛かり、山とある質問ができずじまいでした。
逆に高橋さんに
高橋さん:
「お店頑張っているね。まさかこんなに毎回卵を買ってくれるなんて思ってもなかったよ。お店にも行きたいのだけど、この子達(鶏達)を置いていくわけにもいかないからね。でもいつか、食べてみたいなぁ」
と言っていただき、
私:
「材料持ってきてこっちで作りましょうか?」
なんて私からも提案したりして。
私自身もいつか来てくれたらいいなぁと思う一幕でした。
高橋さんが「家族」「子供たち」という言葉に込めて指しているのは紛れもなく鶏達のこと。この取材を通じて、思い知った計り知れない高橋さんへの鶏達への愛情の深さに大きな感銘を受けた私は、私自身も家族に作るような気持ちでカルボナーラに魂を込めなくてはと心に誓いました。
丁寧に、穏やかに、美味しいものを作らないと。使命感に近いものを感じました。
この取材の機会を経て、卵も生き物だから毎回状態が違うこと、
それは子の持つ個性と同じなのではないかと自分なりに結論に至りました。
そしてこれまではレシピを完成させようと分量を測ることに神経質になっていましたが、レシピにこだわるのをやめ、卵の状態、卵の個性に合わせて作っていこうと考えたら、これまで以上にカルボナーラを作るのが楽しく、上手くなりました。
カルボナーラに開眼したタイミングだったかもしれないなと
今振り返って改めてそう思います。
⒑ 夢が1つ叶った日
取材から1年3ヶ月が経った2017年8月。
その時は突然に。
高橋さんから1本の電話があり、
「たかはしたまご」の皆さんがご来店される日が決まりました。
遂に高橋さんがカーサベッラに来る!
表現しようのない高揚感で胸が高まりました。
その日は問答無用で貸切にしました。
「いつか高橋さんに僕の作るカルボナーラを食べてもらいたい」・・・
その想いがこんなに早く実現するとは思いませんでした。
高橋さんは鶏舎のスタッフの皆さん全員を引き連れて御来店くださいました。
鶏舎は365日休みなく稼働しています。
私どものレストランに来てくださるために、留守番のパートの方をご手配し、
様々な状況をご調整して来てくださりました。
おまかせのフルコース。
カーサベッラはあくまでもレストラン。
カルボナーラが美味しいのは当たり前。
カルボナーラだけが美味しくてもダメで、
その前後のお料理はもちろん、〆のデザートまで気を抜くことはできません。
そして何より最初の印象が大切です。
いよいよ御一行がご到着。
2台の大きな車でご来店されました。
運転される方はノンアルコールなので、塩分量の調整も必要です。
失敗から生まれた
「たかはしたまごのスクランブルエッグのサマートリュフ添え」を含む前菜3皿をお出しして、遂にカルボナーラ。
急に緊張して手が震えました。
これまでの高橋さんとのやり取り、
ここに辿り着くまでの艱難辛苦が走馬灯のように頭を駆け巡りました。
そして遂に高橋さんがカルボナーラを食べた。
頷くことも、何か言葉を発することもありませんでした。
しかし、私は不思議と少しも動揺することはありませんでした。
高橋さんが食べるその姿を見ることができ、
私はただただひたすら感激していました。
フルコースすべてのお料理を出し終え、高橋さんと話をしました。
高橋さん:
「カルボナーラというパスタにうちの卵をこのような形で使ってお客様に出しているなんて、こうして食べてみるまで想像もつかなかったし分からなかったけれど、本当に優しくて食べ飽きない素晴らしい料理だ。卵の風味もしっかり残っていて、とても面白いね。感激したよ」
と目に涙を浮かべながら言葉をかけてくださいました。
その言葉に、私も涙が出そうになりました。
卵に人生を捧げた高橋さん。
その本当の意味で食育を体現した高橋さんの生き様に感銘を受け、共鳴し、この高価な卵がどんなに経営を圧迫しようとも踏ん張り続けて今日まで何とかやってきたこと。
無駄ではなかったと思いました。
夢が1つ叶ったこの日。
少しだけ今日までの苦労が報われた想いでした。
11.究極の「究極のカルボナーラ」を求めて
2018年7月、日本テレビnews every.の特集に出演しました。
番組取材の依頼が来た時は内容によってはお断りする予定でした。
これまでも自分のスタイルに合わない番組には出たくないと思い、
いくつかお断りしてきたからです。
(今思えば格好つけずに出演しておけば集客につながったかもと思うものもありますが・・・)
しかし、番組プロデューサーの方と話をしていくうちに、
夕方の単なるニュース番組と思っていたイメージが変わり、
その熱心な取材姿勢と熱い想いに、これは正真正銘の報道番組だと
こちらも大きな感銘を受けました。
ヤラセは一切なし。
ニュース番組なのでいつ放映できるかも決まらないので、実際に放映されるまでSNSやネット上にお知らせはNGとのことで、店内撮影時も知り合いを呼ぶなどはNGと念押しをされ、お客様のいる店内風景の撮影打ち合わせは一切なく、その時お客様がいらっしゃらなければまた別日に参りますとのことで、その本気度の高さと気合の入りように驚きました。
特集テーマは「卵」。
話をする中で、たかはしたまごの高橋さんにも会いに行き取材させてもらいたいと言っていただいた時は嬉しかったです。
お陰で、たかはしたまご×カルボナーラというドキュメンタリー調の仕上がりで出演することができました。
news every.をきっかけにカーサベッラのカルボナーラはもちろんのこと、
「たかはしたまご」が広く世の多くの方々に知ってもらえたことは、非常に嬉しく誇らしく思いました。
高橋さんに少しでも恩返しができたらと思っていたからです。
高橋さんの卵が進化し続けているように、私のカルボナーラも日々進化し続けられるよう、これからも小さな努力の積み重ねを丁寧に続け、お客様とカルボナーラと真剣に向き合い続けていこうと、この番組出演で改めて胸に誓いました。
私の“究極のカルボナーラ”を追い求める旅は、
まだ始まったばかりかもしれません。
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