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カーサベッラの「究極のカルボナーラ」と「たかはしたまご」前編

外苑前のイタリア料理店「カーサベッラ」のオーナー・シェフ越川徹也が2019年に記述したメモを妻である私がリライトして掲載しています。
前編ではシェフがなぜカルボナーラにこだわるのか、どのように「たかはしたまご」と出会ったのか、カーサベッラができるまでのストーリーをお届けします。

⒈ なぜシェフ越川はカルボナーラにこだわり続けるのか

カルボナーラは日本でも有名なパスタです。
色々なカルボナーラが日本全国にあります。

そもそも何故そこまでカルボナーラに私自身がこだわり続けるのか。

それは、私が料理の世界に入ったきっかけがカルボナーラ。理由は単純で大好物だったからです。

そして、誰よりも美味しいカルボナーラを作れるシェフになり、日本一カルボナーラで有名になりたいと思ったのです。

カーサベッラが2014年にオープンしてから4年半、
毎日カルボナーラを作り続けてきました。

最初は「王道のカルボナーラ」と言ってきました。
何故ならばオープンから半年間は今使わせて頂いている「たかはしたまご」ではなく別の卵を使っていたからです。

実はこの「たかはしたまご」。
自分がお店を持つまでは売ってくれませんでした。

10年かけてやっと使えるようになりました。

いきなりお客様に出すのは不安があったので、
納得のできるカルボナーラが作れたら出そうと思いました。

ですが想像以上に個人でお店をやるというのはそれどころではなく、試作に時間がかかり半年近くお客様には出せませんでした。

2015年の5月からやっとカルボナーラをメニューに入れられるように。

「たかはしたまご」の生産者の高橋さんは、卵博士、卵マニア、まさに卵に人生をかけた方。

そして私もカルボナーラがきっかけでコックになり、シェフになり、やっとの思いで自分のお店を作りましたので"究極のカルボナーラ"と名付けました。

当時、「究極のカルボナーラ?何が⁇」と思われていたお客様もたくさんいました。もちろん現在も完成ではありません。今できる最高の状態では出していますが日々研究は続いており、終わりはないと思っています。

とはいえ、人生の半分はカルボナーラと関わってきたので、カーサベッラ越川徹也のカルボナーラのこだわりを今改めてお伝えしておきたいと思いました。

⒉ イタリアでの衝撃、そして埼玉県日高市にある「たかはしたまご」との出会い

少しの期間休みを取って2004年、25歳の時に初めてイタリアに行きました。

ローマで食べたカルボナーラは色が綺麗でとても濃厚だったことを今でも鮮明に思い出します。

その時、日本のレストランで見かけるカルボナーラとの違いは火入れ加減だと思いました。

下手したらたまごに火が入って炒り卵のようなカルボナーラも何度か食べました。(これはこれでとても美味しいんです!)

お店の人に聞くと"卵にはちゃんと火を入れないとダメ"の事。生卵を食べる文化は日本独自のものだと知りました。

ポイントは"たまご"だと確信しました。
日本へ戻って仕事をしながら卵を探しました。

どの卵を使ってもそこそこ美味しいカルボナーラが出来ていたと思っていた時に、母親に地元の「たかはしたまごの事を聞きました。

今ではカーサベッラのカルボナーラにはなくてはならない「たかはしたまご」。この卵を始めて知ったのはこの時でした。

実家の近くだったので買ってきてもらって目玉焼きにして試食してみたら驚きました。
今まで食べてきた卵は何だったのか
……
もはや別ジャンル。

そしてカルボナーラを作りました。
なかなか卵がまとまらず大失敗。

今度は炒り卵に。
ようやく出来上がったと思ったら卵の風味しかないスパゲッティに。今までこんな事なかったのにどうしてこの卵だと失敗するのか……

買って送ってもらった卵20個の試作は全て失敗に終わりました。

休みの日に直接たかはしたまごを買いに行きました。

そこで、高橋さんと初対面で思いもよらぬ事件が起こってしまったのです。

⒊ 「たかはしたまご」で高橋さんに卵を投げつけられた苦い過去

試作の「たかはしたまご」20個が全て失敗に終わり、原因が分からないので、取りあえず直接卵を買って、生産者である高橋さんに話をしてみようと思い、「たかはしたまご」を訪れてみました。

店内に入ると鶏達が食べているエサ、食の安全の事などが書いてあるパンフレットなどが置いてありました。

ちゃんと値段を見たことがなかったのですが1個150円近く(2004年当時)。
結構高いなぁと思いました。

高橋さんらしき方が居ましたが少し話しかけづらい雰囲気。
卵を買った時に話しかけてみました。

私:
東京のイタリアンレストランのコックですが、カルボナーラというパスタにこだわっていて、こちらの卵が良かったので直接買いに来ました!カルボナーラは卵がポイントで火入れ加減が難しいですよね。」

まだ若かった私は話し方にも問題があったと思いますが、見た目がとにかくよろしくなく、悪い印象しか与えられなかったのでしょう。

高橋さん:
火を入れる?うちの卵に?何で?基本生卵専用だ。卵かけご飯。火を入れたら風味が無くなって本来の卵の味が分からない。風味が大事なんだよ。火を入れるのならばうちの卵は使うな!たかはしたまごの事を何もわかってないじゃないか!

え?

驚きました。
卵を買いに来て話を聞きたかったのに怒られました。いや、キレられました。

私の顔と態度にすぐ出たのでしょう、今度は高橋さん卵を投げてきました。

何が起こったのか分からなくなるくらい驚いて、私は声が出なかったです。

何なんだよこのオヤジは。そんなに怒る?

もう二度と来ないし買わないし。と本当に思いました。

その後私の卵探しは続きましたが、どの卵を使ってもそれなりに美味しく作ることができて、いつしか研究ではなく楽しくカルボナーラを作って食べていました。

あらゆる卵を使いましたが、「たかはしたまご」のように失敗してしまう卵には巡り会いませんでした。

それから1年くらい経ち、カルボナーラの卵探しの熱が少し冷めてきてしまった頃、家に置いてあったたかはしたまごのパンフレットを見つけました。

忘れもしないここのたまご。
ブチ切れられて、変わった頑固オヤジの所のたまご。

パンフレットをちゃんと読んでなかったと思い読み返してみると、そこには卵に人生をかけた異常なほどの高橋さんの情熱が書かれていました。



私は何度も何度も読み返し、心が動かされました。

"何なんだあの人は。卵に命かけてる。
私のカルボナーラの情熱なんて比べ物にならない
……"

私はまたどうしてもたかはしたまごを使いたい、いや食べてみたいと思いに駆られ、母親に電話をして、もう一度買って送ってもらいました。

⒋ ヒントは卵かけご飯とカルボナーラの共通点にあり

高橋さんの卵にかける情熱を知り、再びカルボナーラを「たかはしたまご」で作ってみようと、母親に買って送ってもらいました。

まずは卵かけご飯で食べてみる事に。

色が濃い。
卵黄も膨らんでいる。
箸で溶いてみるものの中々溶ききれません。

時間をかけてゆっくりと空気を入れながらやってみたり、軽く溶いてみたり。

醤油を入れたり、塩を入れたり、何も入れずにそのままにしてみたり。

味見をして一番に思ったのは卵の香りが違いました。

ただそのまま味見するよりは、温かいご飯にかける事で香りが引きたちました。

生卵専用とはいってもそのままたまごを飲むわけではないし、ご飯のゆげ、余熱によりより良い風味が出る。そういった意味ではカルボナーラも同じだ。

生ではないけれど火を直接かけるわけではない。
再びカルボナーラを作ってみました。

スパゲッティは1.7ミリの90グラム、全卵一つとパルミジャーノレジャーノ、パンチェッタ(自家製)、白ワイン、ペコリーノロマーノ、黒胡椒、分量も全てグラム単位で測り、白ワインとペコリーノロマーノの種類も色々あるのでまずは使い慣れたものを使用。

いつも以上に卵はフォークでよく混ぜて。

火入れには気を使い、卵の風味を消さないようにと作ってみるものの、また失敗。

それからというもの朝か深夜に、カルボナーラ作りの研究が始まりました。
そして何度か作っていくうちに、少しずつ上手くいくようになってきました。

結局はカルボナーラには卵がポイント。
と思ってきましたが全体のバランスをとらなければならない。カルボナーラといっても一番量を食べるのはスパゲッティですから。

スパゲッティの種類だけでも何十種類もあり、ローマで食べたのはリガトーニやペンネといったショートパスタだったわけで・・・

パンチェッタも自家製では無くイタリア産の物でやってみたら雲泥の差でした。でも自分でパンチェッタを作るのには限界があるな。

色々な事が見えてきました。

何から手をつければいいかわからないくらい頭がパンクしそうになってきたので、一旦休みの日にまた高橋さんに会いに行こう、そう決意しました。

⒌ 再び「たかはしたまご」へ、いざ!

「たかはしたまご」のパンフレットをしっかり読んで、生たまご、卵かけご飯を食べて「たかはしたまご」の味わいを少し理解した私は、約2年ぶりにたかはしたまごへ行きました。

今度は言葉遣いにより気をつけて話をしようと心がけました。
高橋さんは私のことを覚えていなかったのか、すごく親切に餌について話をしてくれました。


人が食べられることを基準にした何種類ものこだわりの餌

高橋さん:
たまごの美味しさは餌の内容によって決まる。どうせ家畜が食べるものだから品質基準か甘い事が動物飼料の一般。でも、うちのたまごは人が食べられる事を基準に餌作りにこだわっている。ポストハーベストフリーとうもろこしを中心に牡蠣殻、さんご化石、ターメリック、えごま、アルファルファ、そして純良魚粉、その他一般の飼料ではまず使わないと思われる海の幸、山の幸をふんだんに取り込んだ究極のこだわり自家調製飼料。中でも餌の品質に重要な魚粉は釧路産に拘る。魚粉は港で陸揚げしてから加熱加工するまでの鮮度維持が生命線。その意味で漁港最北端釧路産が最適なのです。魚粉の配合は一般的に03パーセント程度、たかはしたまごはこの国産最高品質と言われる釧路産を10パーセント配合している。

凄いこだわりだ。

私:
「でも何故そこまでする必要があるのですか?」

高橋さん:
「鶏たちを家族だと思っているからね。もちろん休みもないし。子供と一緒だよ。美味しいものを食べさせたいでしょ?最低限のものを子供に与える親はそういないでしょ。昔から比べると卵を取り巻く環境は大きく変わった。たまごを低価格で大量に消費者に提供する美名の元に、大規模な養鶏場からのたまごが大量に流れ込んでくる。だけど鶏に対して誰よりも優しく、誰よりも厳しくをモットーにたまごの美味しさを僕は追い求めている。」

私は高橋さんの話を黙って聞いていました。
そしていつかこのたまごで日本一美味しいカルボナーラが食べられるイタリア料理店を自分でやろうと強く心に誓いました。

それからは私も仕事で時間を作るのが難しかったですが1年に1回は、直接卵を買いに行って高橋さんの話を聞きました。

「たかはしたまご」のこだわりは餌に留まらず、
水、環境、放し飼いのデメリットなど色々と教えてくれました。

そのうちに
「君はまた買いに来てくれたのか」
と言ってくれるようになり、そしてもう一度私の想いを伝えました。

高橋さん:
「自分でお店を持って独立したならば使いなよ。雇われているとたかが卵にこんな値段使わせてくれないのと、生卵以外だと難しいんじゃないか?

一応買える。独立すれば。
いつになるかわからないけど必ず自分のお店を持つ!


そしてそれから8年後、2014年の秋に念願の自分のお店
Hostaria Casa Bella(カーサベッラ)」をなんとかオープンさせる事ができました。

ですが、オープンに至るまではそれはそれは大変な事ばかりで、特にオープン直前に体調を崩し入院する事になってしまったのです。


後編へつづく)

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