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彼女とわたしと音楽と


才色兼備…憧れる言葉。そんな友人との出会いは職場。初めて見たときの強烈な印象は忘れられない。目力強めの美人で華奢で、艶々の黒髪ロング。何より品があった。人形みたい。そう思った。とにかく目立っていた。

わたしは仕事ではとにかく負けず嫌いだった。成績も上位だった。彼女はいいライバルだった。出る杭は打たれる、なんて言うけれど職場の人間関係のトラブル皆無、高嶺の花に見えて人当たりがいいからなのか。人間関係で悩んでばかりのわたしとは正反対だった。

舐められたくない、そんなことを考えていた。嫉妬に近い感情があった。でも強烈な出会いから彼女の存在が気になって仕方なくて、今思えば一目惚れに近かったのかもしれない。

喫煙所で煙草を吸う。情報交換の場でもあった。皆ヘラヘラしながらアンテナを立てている。そんな中、彼女から話しかけられた。

「煙草お揃いですね。」
「あ、ほんとですね。」

今思えばお互いに営業スマイルそのものだったと思う。笑える。
なんとなく軽く話した。ただただ見惚れていた。

忘れもしない、10月31日の夜、明日飲まない?と誘いの連絡をした。11月2日はわたしの誕生日だった。彼女は勘がいい。初飲みだけどわたしと誕生日の瞬間迎えることになるけどいいの?笑 そんなことを言われた。むしろ嬉しい。そう答えた。

考えて考えてお店を予約した。地酒を揃えた、料理も美味しい隠れ家みたいなお店にしたのはやっぱり舐められたくないからだった。初飲みでサシは緊張するな、なんて思いながら店に向かった。着くと既に彼女はぽつんとカウンターに座っていた。

そこからあまり覚えてないけれど、次の店でシャンパンを二人で空けてベロンベロンになって解散した。午前1時ぐらいだったと思う。朝まで飲むのが普通だったから、早かった記憶がある。

必然的に仲良くなった。彼女は五つ年上だった。てっきり年下だと思っていたのでびっくりした。見た目の若々しさもだけど、たまに見せるあどけなさというか。でも一緒にいて落ち着くのはそれか…と納得した。

お互い音楽が大好きで、通っていたクラブも同じことが判明して一緒に行ったりした。クラブといってもEDMガンガンの、じゃなくて。ライブハウスと言った方が的確か。

明確な定義はわたしの乏しい知識では上手く書けないけど、そのクラブは土曜日は横乗り系(ファンクとか)、わたしの担当。日曜日は縦乗り系(激しめのロックとか)、彼女の担当。お互いに紹介しあう、そんな感じ。

初めて買ったCDは?ふと聞いたらセックスピストルズ、即答された。そんな奴いるのか?思った。ロックはきっと誰もが愛する音楽でジャンル分けとか難しいし、とにかくロックだなと思ったらロックなところはある。でも当時の彼女とわたしの好む音楽は全然違った。唯一共通なのはミッシェルガンエレファントがお互い大好きで、チバユウスケが如何にいい男か語ったりしていた。

彼女のインスタに何度も登場するライブの写真。ファッションがとにかく見ていて楽しい。ぶつけられたら痛そうなぐらい硬い革ジャンをまとったリーゼントのお兄さん、ヒョウ柄のミニスカにガーター網タイツのお姉さん、見たことないぐらいの長さの髪をガッチガチにツンツン立てたお兄さん、汚ったない金髪のロン毛に目の周りが真っ黒なお兄さん、顔まで入れ墨が入っててシャツでウッドベースをスラップしてるお兄さん、頭にリボンをつけて水玉のワンピース着てるお姉さん、などなど。書き出したらキリがない。お兄さん、お姉さんという表現は年齢層が高いからで、悪意はない。むしろ敬愛の意味を込めて。

そんな中、少しずつ彼女が見えてきた。まずは酒浸り。毎晩のように白ワイン空けて翌日二日酔いで出勤してくる。平気な顔して。あとはプライベートでの言葉遣いは男そのものだ。これはまあ、わたしも人のことは言えないけど。仕事終わったら女三人で飲もうって約束してた当日に、連絡なしにフラっと帰ったりする。まあ彼女なら仕方ないか、ってぐらい自由人だった。あとはライブで泥酔して豹変することもあったらしい。熱くなりすぎて知らない人と喧嘩になってふざけんなよって椅子を投げつけたって聞いたときは笑った。

インスタでは全く違う。音楽関係以外は、べらぼうな美人が丁寧な暮らしをしている、そんな投稿ばかり。美容、本、映画、料理、愛犬。特に料理は凝っていた印象。外食はあまり好きじゃないらしく、一人暮らしのくせに朝昼晩、美味しそうなごはんを作っていた。

掴めない人だった。あまり自分のことを語らない人だった。生い立ちとか、家族とか、恋愛とか。わたしは自己顕示欲が強くて自分のことはむしろ話したがりなところがあるから、バランスがよかったのかもしれない。

「わたしさ、お前なんか生むんじゃなかったって母親に言われたことがあるんだよね。」

薄暗いクラブで飲んでいたとき、突然そんなことを言ってきた。高校時代早々に家出して、当時好きだったバンドを追っかけてツアーについて行ったり、その繋がりとかでまあ適当に、なんて言ってた。全国転々としていたらしい。駅のホームで寝たことも何度もあるとか言ってた。深くは聞かなかったけど、人生イージーモードに見えて実は苦労してたんだなって思った。

相談されても、人の恋愛について意見は言わないようにしてる、なんかそんなこともいつか言ってた。

「それなりに恋愛はしてきたけど、実は好きでたまらない人が東京にいて、もう10年になる。年に一度はライブで会えるの。」
酔った勢いで告白されて、思わず聞いた。
「縛るものがないのなら、東京に住めばいいじゃん。会いたいときに会えるじゃん。どうして?」
笑ってさらっと言われた。
「あんたが羨ましいよ。純粋無垢に人を愛せるところが。」

その後、わたしがひどい鬱になり仕事も退職し、連絡はしばらく途絶えた。一回だけ電話が来たけど、人と関わりたくない時期だったから出なかった。次の日になって寝てたごめんね。そう送った。彼女は勘がいい。鬱になったことは言ってなかったけど、すぐ悟ってくれたらしかった。

しばらくしてラインで連絡が来たとき、わたしも徐々に回復はしていたからちょっぴり弱音を吐いた。送った内容は恥ずかしいから書かないけど、まともな返事が来た。

自分で自分を認められなければ、何も得られないし認められない。
わたしはそれが分かったから、ちゃんと自分の足で立とうと思った。

わたしはね、誰にも言ったことないけど、こう見えて毎日死にたいよ。
それを誤魔化す為に毎日無理矢理笑って過ごしてる。
だけど、笑ってくれる自分に安堵する。
「ああ、私は笑ってる。まだ大丈夫だ」って。
ゆっくり自殺してるように。

私は、自分の事も他人の事も、全て俯瞰に客観的に見てる。
私の事を好きで居てくれる人にも「…楽しそうだなぁ。良かったなぁ」って。

正直かなり驚いた。でもなんとなく理解した。いい加減ラリーも面倒になったわ、かけるよ?そう言ってきた。彼女もわたしも相変わらず酔っていたし、そのあと2時間ぐらい話した。相変わらず自分の話はあまりしない彼女だったけど少しだけ救われた気がした。

彼女がいつかのインスタで書いていた。

ここ1年ぐらい、泣くことと言ったら仕事の事ぐらい。昔は私生活でも泣くくらいじゃないと一生懸命じゃない気がしていたけど、今はこれでいいなと思う。安定した日々、安定した関係性、そこに生まれる揺れのなさ、ブレの無さを大切に思う。

年末年始に両親と飲んでいる写真も見た。彼女はとっくに許していたし、自分の足で立っていた。

あれからけっこう経つ。わたしもすっかり元気だし、彼女は自らキャリアアップのために異動願を出して、転勤した。まあすぐ会える距離ではあるけれど、照れくさい。わたしと彼女の生き方はあまりに違いすぎる。わたしはまだ、強くはなれていない。強く魅せる術をまだ習得していない。でもお互いに熱い話を恥ずかしげもなく話せるぐらいにはいい大人だ。久しぶりに連絡してみようか。久しぶりにチバユウスケが如何にいい男か語ろうか。

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