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メダカの遺言

 メダカの死骸だった。

 いや、死にかけのメダカだった。

 ドジョウは唖然とした。昨日まで元気に泳いでいたメダカは、今や尻尾と背びれの中ほどまでを食いちぎられ、無惨にも泥土のベッドに横たわっている。

「ブラックバスだよ、ドジョウくん。」

 メダカは絶え絶えに話した。ドジョウは喋るんじゃないと咄嗟に声をかけようとした。メダカから放たれる言葉の一粒一粒が鮮明に感じとれてしまったからだ。その一粒一粒がメダカの残り少ない命を削りながら吐き出されていると感じたからだ。

 しかしどうしようにも彼は死ぬ。そして彼もそれをわかって自分に向けて話をしようとしている。ドジョウは静かに耳を傾けた。

「君は逃げるんだ。しまいにこの辺の小魚たちは食い荒らされる。君は隠れるのが上手いけれど、それもどこまで通用するか分からない。あいつらは怪物だ。何をするか分からないんだ。」

「でも、僕らは悪くないじゃないか。悪いのはその怪獣じゃないか。僕らはただ静かに暮らしていただけだったのに、こんな仕打ちはあんまりだ。」

「じゃあ君も死ぬのか。」

 ドジョウは泣いた。悔しかったのだ。何もかもが理不尽に奪われる事。それに抗えない自分の脆弱さ。

 メダカの身体の断面はボロボロだった。どれが肉で、臓で、骨なのかも分からないくらいズタズタだった。怪獣のキバにかかれば一噛みでこうなのだ。そんなものに勝てる何かは、ドジョウにもメダカにもなかった。

「わかったよ。メダカくん、冥土への土産に聞いておくれ。これはきっともう、しょうがない事なんだろ。君はもう全部悟ったんだろ。僕たちはよわいから強いやつらには勝てないように出来てるんだって。それがここの仕組みなんだって、飲み込んだんだろ。でも気付いた時には遅かったんだろ。」

 メダカの肉と鱗がふよふよと宙に浮いている。

「じゃあ僕は死ぬ前にそれを理解するよ。君の亡骸を見て理解したんだよ。ありがとう、ありがとうメダカくん。」

 ドジョウは泥土には身を埋めると、メダカに背を向けて泳いでいった。ドジョウの進んだあとにはズルズルと線が続いていった。どこまでもどこまでも続いていった。

「僕らは逃げるしかないんだ。僕らがぼうっとしてる間に周りは勝手に変わって、勝手に僕達に牙を向くんだ。だから僕達にできるのは、そうと知った瞬間に逃げる事だけだったんだよ。」

 メダカの最期の言葉だった。

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