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マルバオモダカから考える管理放棄問題と生物多様性保全

管理放棄が生物多様性劣化に繋がる

人の手が入らなくなった里山が荒廃してしまう、という話は聞いたことありませんか?
人が管理していたことで維持されてきた里山の生態系が、里山の利活用がなくなってしまった事で失われてしまうという話です。
それは里山に限らず、水田の耕作放棄、ため池の放置なども同様で、中山間地域での生物多様性の劣化には人の管理放棄が大きな要因になっています。


耕作放棄地奥のため池

例えばこの池のように耕作放棄と共に池の管理も行われなくなると、池の周りや堤の木が育ち、オーバーハングとなって池を覆ってしまいます。
こうなると池の周辺の日当たりが良い浅い水辺を好む水草は生えることができません。また、池干しが行われなくなると池に栄養が溜まる一方となり、富栄養化が進んでしまいます。


遷移が進んだ池

こちらはアシなどが繁茂し、すっかり埋もれてしまった池です。辛うじて湿地の植生は留めていますが、程なく陸地化してここも森になっていくことでしょう。

鳥取県では中山間地域の少なくないため池がこのような状況になりつつあります。


絶滅危惧種のミズニラが生息する溜池

しかしながら、希少な種が生き残っているのもこのような中山間地域の溜池です。
写真は八頭町内にある小さな溜池。晩夏に水を落とすため、このタイミングでは水がありませんが池の底にはキクモが繁茂し、完全に水がなくなるわけではないのでオオタニシも生息しています。
また、同町内ではこの池でのみ絶滅危惧II類のミズニラを確認しています。

秋から冬にかけての池干しは、底に溜まった泥を流し池が埋没しないといった点や、堤そのものの負担軽減などの効果もあります。
また、池の底に堆積した有機物が空気に触れて植物に利用されやすい形に分解されることで、水草なども生えやすい環境が整います。

農業用溜池の管理と、そういった環境に住む生物の生活史はリンクしています。



管理放棄から絶滅へ、マルバオモダカの事例

鳥取県絶滅危惧I類のマルバオモダカ

マルバオモダカという水草があります。水田雑草として有名なオモダカと違い、こちらは絶滅寸前のオモダカです。

全国に分布しながら、全国で数を減らし、環境省RDBでは絶滅危惧II類、鳥取県では絶滅危惧I類に指定されています。

絶滅が危惧されているというか、もう生息地がひとつしか残っていません。これはとても危機的な状況です。


マルバオモダカ生息地

しかも、その鳥取県最後の生息地もそんなに状況がよくありません。奥に見えるのがマルバオモダカ……ではなく、富栄養化で増えてきたヒシです。


アシとヒシの間に残るマルバオモダカ

池中央はヒシが優勢で、岸際はアシが優勢です。岸に近すぎるところは周辺の気が育ち過ぎて日陰になっていて、そもそも水草が少ない状況。
本当に、隙間に生き残っていたという感じです。


池周辺も大分森になりつつある

以前は毎年池干しをして管理していたそうですが、10年ほど前にこのため池を水源とする谷が耕作放棄され、年2回は草刈りを除いて、それ以外は人も入らなくなったそう。

管理がされなくなってから、次第に森やヒシが茂り、この生息地を古くから知る専門家も「最近、マルバオモダカの生息地の状況が悪くなっている」と言っていたそうです。

……知ってたんや?!という感じではありますが、これに関しては仕方ありません。専門家の方々の本職はあくまでも研究、私たち保全屋とは目的も違います。問題はむしろ、保全と研究が上手くリンクしていないという点でしょう。
県内のいくつかの保全が上手くいかなかった事例も、情報共有の不足が目立ちます。

しかしながら、この生息地に関しては昨年私たちの方でも発見することが出来、県外の水草の専門家の方々に視察に来て頂き、具体的なアドバイスを頂きながら保全に向けた計画案を立てました。

この池の状況から察するに、数年で消えるということはないと思います。しかしながら5年後、10年後はどうなっているでしょうか。
直近で消えてしまうというものでないにしろ、絶滅へのカウントダウンは始まっていました。


農村インフラの維持≒生物多様性保全という考え方

さて、マルバオモダカがマズいという状況でしたので、次にやることはその地権者や管理者を探すことです。
県や市に連絡して探して頂いたり、知り合い農家の方に紹介してもらったり、関係してそうな人に連絡を回しまくることで探していきます。

この時は僅か1週間ほどで、この場所を管理する農業組合と連絡を取る事が出来ました。

そこで私たち側がお願いしたことは以下の通りです。

・堤や池の周り、池までの道の草刈りをしたい
・日陰になると水草に影響が出るので周辺の木の枝を剪定したい
・富栄養化を防ぐためアシやヒシを刈りたい

気をつけてやってくれればという条件の元、快諾して頂けました。


腰丈程のササ原

堤や池周辺ですが、この程度の薮でした。
農山村アルバイトで、森と化した若桜鉄道の沿線や一面のクズの海を草刈機のみで開墾してきた私たちにとっては大したことありません。
やはり、過酷を経験すると皆成長していきます(笑)


バリバリ刈っていこう
アシも刈ろう!

堤全体と池の周辺を刈るだけでしたら、2人で3時間で終わりました。
途中、区長さんがいらっしゃったのですが、まさか堤全体を刈っているとはと驚かれていました。年2回、20人かけて行うという話でしたので、維持管理の負担軽減に繋がればと思います。



池周辺の木を切って、場所を取らないように細かく分解する。

次は周辺の木の伐採です。
両生類や昆虫の産卵に池周辺の木を利用していることも多いため、全面的に伐採するのではなく、マルバオモダカやヤマトミクリに影響を与えている一角を伐採しました。


岸際は暗すぎて植物が生えていない

池の奥側にはオーバーハングの雑木が茂っていました。この辺りは水深も浅く、流れ込みもあり、日が差し込めばマルバオモダカの生息に適しています。


作業後

というわけで、このような形で岸際を整備しました。
木を切るのは大変ですが、1度整備してしまえば毎年生えて来るものでもありません。あとは、定期的な簡単な管理で済みます。


before
after

池の周りの整備はこれくらいで!
次は池の中の整備に移ります。


ヒシ刈り!

ヒシは富栄養化した池で、水中の栄養分をフル活用して爆発的に増えます。そして冬になれば、大量の栄養分を池の底に残して枯れていきます。

そうやって富栄養化を加速させていくわけですが、裏を返せば夏場はかなりの栄養分がヒシとして固定されているということでもあります。
富栄養化を抑えるには池干しが出来れば楽ですが、ヒシ刈りも手です。


楽しく採ろう!

池の中で取ろうとすると、ヒシに絡まれ事故の元。釣竿やアンカーを利用して、岸から採る方法を採用しました。

茹でて取り出したヒシの実

お土産がてらにヒシの実を集めて、終わったあとに食べてみるのも良いかもしれません。普通に美味しく、ヒシ刈り&ヒシ収穫はレクリエーションとしてもかなりアリです(笑)



もうそろ冬なのに、芦刈のあとめっちゃ増えてきたマルバオモダカ

さてさて、堤の草刈り、周辺の雑木の整備、ヒシ刈り、アシ刈りを終えて、とりあえず目標としていたラインは達せたと思います。

これからも2ヶ月に1回ほどの整備をしていきたいところです。定期的にしっかりと丁寧な仕事をすることが信用に繋がり、継続的な保全活動にとって欠かせないことだと思います。



「時間切れ」はすぐそこに。

とある耕作放棄地

マルバオモダカの事例を見てきましたが、こういった事例は他にも沢山あります。山間にはこのような耕作放棄地が数多く残され、そしてそのいくつかには人知れず希少な生き物が残っています。


四つ葉のクローバーみたいな水生シダ、デンジソウ

写真の耕作放棄地に生息していたのはデンジソウです。
鳥取県絶滅種。1990年代頃までは八頭町内で確認されていたそうですが、その後生息地が森に飲まれて消失、絶滅してしまいました。

八頭町の他の谷の崩れた棚田の下に残ってたので絶滅はしてなかったのですが……おそらくこのまま行くと、そう遠くない未来に埋もれて消えてしまうのではないかと考えられます。

こういった、管理放棄から年月がたち、時間切れが迫ってきています。


とりあえず草刈りと雑木の伐採

そういった農耕地の外側、希少な生物が生き残っている場所を管理させてもらえるような流れを作っていく必要があると考えます。
デンジソウ生息地も10月には話が出来たため、来月辺りからしっかりとした整備に取り掛かりたいと考えています。

そういった流れから、現在私たちはマルバオモダカ生息地とデンジソウ生息地、サンインサンショウウオ産卵地×3の管理を行っています。

また、他のいくつかの溜池についても関わりを持たせていただいております。

使用されなくなってしまった場所は、生物多様性保全の観点から維持管理活動をさせて頂き、今も使用されている場所にはお手伝いという形で関わらせて頂く。そういった接点が必ず今後の保全に繋がってきます。

そして、その保全活動を担う私たちのような活動が、ボランティアではない形で生き残っていけるような仕組みも整えなければなりません。

それぞれの活動に、そこまでコストがかからないことが分かってきたので、次の段階はそれをしっかりと街の中の経済に組み込んでいくこと。例えば、農業や里山の観点から多面機能保全に組み込んでしまうといった方法もひとつの可能性かもしれません。
どのようにすれば、生物多様性保全というものを社会の中に落とし込んでいけるか。決して不可能ではないところまで来ていると思います。実現にはあともう少し。いずれ、それもまた記事にしたいと思います。

ということで今回は攻める環境保全の第1歩、問題が起きる前に、維持管理を代替して生物多様性保全を行うという話でした。


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