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南インドへの愛を叫ぶので聞いてほしい

年に1度のそれを、私はホームシックと呼んでいる。

「インド行きたい」

ほら来た、一度かかるとなかなか治らないホームシック。
インド。インド。インド行きたい。
いや、今は試験前だし。……行きたい。
直前だと航空券高いな…………インド。
バイト頑張ったしインド行きたい。ブログ書いたしインド行きたい。
とりあえず行きたい、インド。

さて、なぜ「ホームシック」か。
インドが還る地だから…ではない。
いや、そう言いたい気持ちも無くはないけど。
インドにホームがあるからである。

私とインドとの出会い、そして大好きな人たちの話をぜひ聞いてほしい。

私にとってインドと言えば、南インドである。
首都デリーやらタージマハルやらは全部北インドにあるので、インドと言えば北インドを思い浮かべる人が多いだろう。

首都デリーから南インドのチェンナイまで飛行機で3時間。
そこからさらに車で3時間ほどかかる小さな村に、私のホームはある。
訪れたきっかけはNGOのスタディツアー。
村に1人で、ホームステイさせてもらうことになっていた。

最初のショック/ことばの壁

村に着くまでに用意された指さし会話帳でタミル語を覚えた。
北インドでヒンディー語を使うのに対して、タミル語は南インド、タミルナドゥ州の公用語だ。

エンペール ハル (私はハルです)
オンガ ペール エンナ (お名前は?)
ナンドゥリ (ありがとう)

英語とかほぼ通じないらしいけど、これさえあればいける!と思った私は到着してすぐ、ホストマザーに指さし会話帳を見せた。
「これ見て!日本語とタミル語どっちも載ってるの!これで会話できるよ!!」
ところが、ホストマザーは困った顔をしている。
マザー「うち、タミル語話さない。使うのはテリグー語」
 
………?? テリグー語???

初めて聞いたんですけど。
『地球の歩き方』にも載ってない。
「インド テリグー語」で検索しても日本語の情報はほぼゼロ。

英語Wikipediaによれば、テリグー(Telugu)という民族の言葉らしい。


*上からテリグー語、タミル語、ヒンディー語(引用:英語Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Telugu_language

タミルナドゥ州の中でも北にあるその村では、どうやらタミル語とテリグー語が共存しているらしかった。

前途多難に思われたコミュニケーションだったが、幸運なことにホストマザーは簡単な英単語を知っていた。
come, go, good, food, ok...暮らすにはそれで充分である。

さらにジェスチャーは予想を遥かに超えて有能だったので、私は帰国して彼らに電話をかけてみるまで、お互いの姿が見えないと話が通じないことに気づかなかった。

私が覚えたテリグー語はほんの少しだけ。
例えば「クルッタギニャッタルー(ありがとう)」
語感と絶妙な長さがこれまた好きな言葉である。

ホストマザー Chandra


インドで私にホームをくれたのは、ホストマザーのChandraである。

私は彼女に散々叱られた。
はっきり言ってしまえば、私がインドを好きになったのは彼女に叱られたからだと言って良い。
 
誤解して欲しくないのだが、別に叱られるのが好きな訳ではない。
ただ、彼女に叱られるのは無性に嬉しかった。
「ハル、ドーサ(パンみたいなやつ)を齧るのはやめなさい。ちぎってから口に入れるの!」
「ハル、サリー着てるときは踊っちゃダメ!」
「ハル、歩き方が変よ。歩きづらくてもサリー蹴っちゃダメ!」
「ハル、あなたは疲れている。大丈夫じゃないでしょ!昼寝しなさい!」
「ハル、Thank youって言わないで!家族でしょ」

海外にいるとき、旅をしているとき、
ここまで叱ってくれる人を私は他に知らない。

「お客様なんだから何もしなくていいの」とか
「インド人じゃないんだから、やりやすいようにやればいいよ」とか言わない対応が、新鮮で、心地よくて。私はChandraが大好きになった。

お客様扱いしないといったが、実のところChandraは私に甘々である。

ドーサを齧ろうとしたときには
「No!」と言いながら、ちぎって口に入れてくれた。
サリーでうまく歩けないときは、私の歩き方を笑いながら家まで手をつないで歩いてくれた。
水浴びする時には(自分は壺にためた水で体を洗うのに)私のためにわざわざお湯を沸かしてくれた。
おそらく20歳も離れていないであろうChandraは、すっかり私のお母さんだった。

さて。そんな怒っているようで怒っていないChandraが、本気で怒ったことが一度だけある。

2回目のインド、私が1人でChandraの家を訪れた時。
ツアーの時はNGO側で払ってくれていた食費を、払いたいと申し出た途端。
Chandraは眼を剥いて、今までで一番強い口調で「ハル!!」と怒鳴った。
まるで私の首を締めるかのような動作をして、
「ハル、ここはあなたの家。いつでも来なさい。お金は無し。」と言った。

こうして、私はインドに帰るべきホームが出来た。

村の風景

最後に、私のホームがある村の風景を1つ、紹介したい。

村を歩く時、それぞれの家の周りに描かれた模様たちが目に入る。
これらは「ランゴーリ」という。
毎朝各家の女性たちがチョークで玄関周りに書くのである。
ランゴーリのデザインは多種多様で、Chandraは思いついたデザインを書き留めるノートを持っていた。

金曜日の朝、ランゴーリはいつもよりちょっと豪華になる。
村にあるヒンドゥーのお寺から流れる音楽を聴きながら、色とりどりのランゴーリを眺める。
時々Chandraに「そこまだ乾いてないから踏まないで!」と怒られながら。

それが私の好きな、インドの朝である。

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