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母は、生きている

時々、図書館から「予約していた本が届きました」という通知が来る。
誰かに勧めていただいたりネットか何かで評判を聞いた本でも、購入しようかどうか迷うものは地域の図書館で探して予約する。問題は、予約待ちの人数が「60」とかの本もあり、まぁいいかとそのまま予約して、気づいたころにはなぜこの本を予約したのか?すっかり忘れていたりする。
(まぁそのくらいの「読みたい具合」だったということでもあり、図書館でお借りするくらいがちょうどよい)
そんな感じで、予約待ちしていた1冊。

認知症の義母をケアしながら暮らす著者。実母は癌と認知症を患い、すでに数年以上前に亡くなっている。

母の変わり果てた姿を直視することができず、母の運命を受け入れることができなかった。

なぜ私は母を抱きしめてあげることができなかったのだろう。今になって公開しても遅いのだが、そう思い続けている。

結婚式をめぐる嫁姑の一騎打ち

認知症になり、これまでとても厳格だが世間知らずなところもあり、「もし結婚するとしたら、勝手に実家には戻らないでください。こちらの許可を取ってください」とか言ってしまうような義母とは、「もう何十年もお互いを知る友人のような関係になった」。
義母と時間を過ごす中で、母(実母)との関係を、そこにあった「もっとこうしてほしかった」「もっとこうしたかった」という思いを消化していく筆者の内面が、様々なエピソードを経てじわっと感じられる。

私自身は結婚せずに娘を生み、元パートナー(=娘の父親)とは解散しているので、義母にあたる存在の方はいない。ただ、娘の父親の母親は健在で、健在という言葉が失礼なくらいお元気で活躍中である(カンボジアでパン屋さんを複数店舗経営…すごすぎる)。もともと呉服屋さんでお仕事をされており、今でも日本でお会いするときは着物を着ていらっしゃる。
実母も元気で、地元=長野で介護の現場で働いている。しっかりしているがちょっと天然な要素もあり、優しさゆえに介護施設では職員同士のマウントの被害によくあっており、つけこまれやすいキャラなのかもしれない。

娘の父親の母親(面倒なのでここでは義母としておこう)は、そんな感じで以前も今もあまり接することはなかった。あまりというか、娘が生まれる前に顔合わせの食事を1回しただけ。母は「緊張してせっかくのレストランの料理の味がわからなかった」と言っており、もちろんそんな込み入った話はできなかったと思う。
私は今年40歳になったが、10年前に事実婚で子どもを産むことを咎めすらしなかった義母と実母は、ぱっと見も性格もだいぶ違うけれど、もしかして、結構気が合う二人だったのかも。いや、これからまだ可能性もあるのかも。

そんな妄想をしながら、あぁ、私の二人の母は生きているんだ、と思った。

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