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亡き祖父の思い出

私の祖父は石川県の能登半島の出身だ。

蛸島という田舎町。

子どもの頃、祖父祖母と共に家族で一度だけ訪れたことがある。
夏休みだったかな…。
皆で海水浴をしている写真が残っている。
私はまだ小さくて泳げなかったのか、海が怖かったのか、ふくれっ面で海辺にいる写真が一枚(笑)

父方の祖父はとても貧しい家の出身で、子どもの頃に京都へ丁稚奉公に出されたのだと父から聞いた。
そこで京都の魚屋の娘だった祖母と結婚。

祖母は綺麗な人だったがなかなか気性が強い人だった。
 反対に祖父は寡黙で大人しい人だった。
ちなみに私は性格も顔も祖母にそっくりと言われます(残念ながら祖母のように美しくはないですが(笑))

祖母は孫の私のピアノの発表会を見に来ても居眠りしてしまうほど音楽には興味のない人だったが、祖父はいつもニコニコしながら聴いてくれていたという。

祖父の家に遊びに行くと、レコードが置いてあったことを思い出す。
貧しい長屋だったにも関わらず、レコードプレイヤーとたくさんのレコードが置いてあり、特にクラシックのレコードを聴くのが趣味だったようで、その影響で父も外国の文化に興味を持ったのではないかと思う。
(父は二間しかない長屋で育ち、祖父の行商の手伝い、さらには牛乳配達や新聞配達をして高校、大学へと進学して外国語を学んだらしい。高校時代にはドイツ人と文通していたという)

私が音楽を好きになったのはそんな祖父の影響もあるのかもしれない。

子どもの頃はわからなかったが、祖父は貧しい生活をしながらも、心は豊かな人だったのだろうと思う。

今はなき父、そして祖父。

 大好きだった祖父のルーツでもある能登が一日も早く復興しますように。


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