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香水好きの終着駅?フエギア主観レビュー (完結編)

香りが視覚と聴覚を呼び覚まし、ストーリーを映像化するフレグランス。香りのノートを平面的な順にではなく、楽器が奏でるハーモニーのように立体的に構築するジュリアン・ベデルの世界は、まるで映画のサウンドトラックのようでした。

これでフエギア探索は本当に終わり。自分に合う香りにたどり着くには時間が必要という結論です。もう一度この世界に浸りたくなったらショップに行かねばですね🙋‍♂️

過去のノート
香水好きの終着駅?フエギア主観レビュー
香水好きの終着駅?フエギア主観レビュー (スタッフ編)


Equation

コンスタンチン・ツィオルコフスキー。ロケット研究者の偉大なる業績を銀河にまで誘った雄大なストーリー。鮮烈な木炭の香りに白樺のレザリーさ。スモーキーを超えた焦げ臭さのインパクトは思いのほか引きが早く、森に踏み入ったのもつかの間、オリバナムのミルキーな甘みに支配される。宇宙飛行士によると宇宙はラズベリーのような匂いだそうだ。ほんの少しリアリティを混ぜて宇宙を感じさせて欲しかった。1回つけてギブアップ。

Endeavour

英国の調査船エンデバー号へのオマージュ。軽やかなウッディーさとバラのような甘い香りは、希少なブラジルシタン。ローズウッドの一種だそうだ。和のヒノキが森林浴を彷彿させ、そこにミントとピンクペッパーが点々と香ってくるのが特徴。どのあたりがオマージュなのか想像がおよばないが、シンプルにリラックスできるフエギアは珍しい。

Indigo

インディゴ、深海、染めたてのリネン、夕暮れの空。マルコポーロが持ち帰ったインドの神聖な色がテーマのフレグランス。天然藍を使った根底には植物へのオマージュがあるとのこと。鉛筆のようなシダーウッドの匂いに鼻をつまみたくなるが、この匂いは最初だけ。ドライでアーシーな香りに落ち着く。青い土があるとしたら、こんな香りがしそう。デニムに例えるならリジットから2年くらい履き慣らしたブルーといったところか。清潔な香り。

La Luna

熱帯雨林ラカンドナで行われる夜の儀式ではコパル樹脂が月の女神に捧げられ花からはフェロモンが放出される、というストーリー。立ち上がりの明瞭なグリーンさにドライな甘さとスパイシーさが交差する。甘みを伴う樹木、樹脂、植物を成分としているのが特徴。アミリスはたいまつに用いられるそうだが焦げ臭さは出てこない。気になる人の距離がいつもより近いと感じたら、このフレグランスの力かもしれない。

Negus - Yassin Bey

1990年代、アンダーグラウンド・ヒップホップシーンを牽引したヤシーン・ベイとのコラボレーション作。俳優や批評家としても知られる彼の半生を、オポポナックスの温もりあるスパイシーな甘み、フランキンセンスとグレープフルーツのほろ苦さで表現しようと試みたのかもしれないが、驚くほど主張の薄い香り。もしそういうオーダーだったとしたら、彼は安住の地を求めているのかもしれない。率直にいって商業目的で作られたフレグランスだと思う。

Pulperia

ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説「ピンクの角の男」と「記憶の人フネス」が会話を交わす、というストーリー。艶やかなレザーをブラックペッパーの苦みと、レモンぽさを兼ね持つエレミのウッディーノートがふわりと包み込む。アルゼンチン出身の作家と調香師。この2人が「バベルの図書館」について語り合ってる姿を想像すると知的な気分になれる。ボルヘスへの敬意がこもった奥ゆかしい香り。

Muskara Phero J.

作為的な香りに支配されたこの世界へのアンチテーゼ。ほのかな化粧水のような香りが完全にしみわたったときに、肌から穏やかに時間をかけながら、これが自分の肌の香りかもしれない、と錯覚するほどの調和をもって、ムスクの香りが立ち上がってくる。そもそも香水とは何らかの作為をもって生み出される製品だ。その香りを生み出す者が、香りのあり方に一石を投じた。なるほど、これは確かに世の香水へのアンチテーゼなのかもしれない。官能を過剰に押し出すムスク系フレグランスとは一線を画す香り方。ジュリアン・ベデルが最期に付けたい香水というのが腑に落ちる。最後に出会えてよかった。


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