見出し画像

一級建築士設計製図試験における、やっかいな並立助詞【や】の解釈

 設計製図試験の問題文中の並立助詞【や】の解釈、実にやっかいです。出題者の【や】の使い方が、解釈をやっかいにしているだけかもしれませんが、意図されていた真意は、試験時間中の闇の中、わずかな灯りを頼りに探すようなものです。

1.並立助詞【や】が意味すること

 日本語教育の現場では、並立助詞「と」と「や」の違いを、「と」は「すべて列挙」、「や」は「一部列挙 」に用いるものとして説明されることが多いようです。
 「テーブルの上には、リンゴとオレンジがある。」と言えば、リンゴとオレンジだけがあり「すべて列挙」となります。
 他にバナナもある場合、「テーブルの上には、リンゴやオレンジがある。」となり「一部列挙」となります。 
 ここでやっかいなのは、並立助詞「や」は「すべて列挙」の場合にも用いられることがあるらしいということです。問題文中に並立助詞「や」が用いられていた場合、出題者がどういった意図で「や」を用いているのか?、その解釈は、そう簡単ではないことになります。

2.平成29年設計製図試験での用例

 設計課題「小規模なリゾートホテル」において、『全ての客室は、名峰や湖の眺望に配慮する。』との要求がありました。敷地条件は、南側は「湖と遠くに山並みが見え景色がよい」とされ、南東方向は「遠くに名峰が見え景色がよい」と記されています。敷地図に、遠くにある「山並み」と名峰は図示できませんので、こうして言葉で記しておく必要があったと思われます。
 他、眺望というキーワードで敷地図を見てみると、東側と北側には「樹林」が広がっています。
 さて、ここで問題になるのが「名峰や湖の眺望に配慮する」という日本語の扱いです。並立助詞「や」を「一部列挙」と捉えれば、複数ある眺望の中から「名峰・湖」を列挙していることになり、その他の山並み・樹林も含めて「眺望に配慮する」との解釈ができます。
 これとは別に「すべて列挙」と捉えれば、「名峰と湖の眺望に配慮する」という意味に取れますので、眺望を配慮する対象を「名峰・湖」に絞った解釈もできます。
 以上の通り、並立助詞「や」については、出題者が意図していたことと、それを受け取る受験者との間に齟齬が生じやすい面があったと思います。

3.採点結果と標準解答例から推測できる「や」の扱い

 不合格とされた例を見てみると、求めていた眺望は「名峰・湖」のみであったことが伺えます。
 標準解答例を見てみると、「名峰や湖が見え眺望がよい」や「湖が見え眺望がよい」等の補足が図面に加えられていますので、名峰か湖のどちらかの眺望が確保できていれば良かったのだと読み取れます。

4.やっぱりやっかいな「や」

 上により「名峰や湖の眺望に配慮する」との要求は、「名峰・湖」のみを対象にするということだったようですので、「一部列挙」ではなく「すべて列挙」として、並立助詞「や」が用いられていたことになります。日本語研究の論文に取り上げられるようなレベルの解釈ができるかできないかを、一級建築士の試験で試す必要はないと考えます。
 採点結果等から推測できる出題者が求めていたものを誤解のないように出題するなら、以下のような表現があったと思います。
 ①名峰と湖の眺望に配慮する
 ②名峰又は湖の眺望に配慮する
①のようにした場合、名峰と湖の両方が全ての客室から見えないといけないのか、どちらかが見えればいいのか判断しずらいところがあります。標準解答例によれば、どちらかでよかったことになりますので、②のようにすべきではなかったかと思います。求めていることの解釈の幅を狭めて厳しく採点するのであるなら、出題の日本語表現には慎重さが必要だと言えます。
ニュアンスを伝える文章としては「や」の方がスマートだとは思いますが、試験では正確に伝えることの方が重要です。

 令和元年の本試験「美術館の分館」(10月実施)でも、カフェの特記事項に『1階に設け、本館や公園からもアプローチさせる。』とありました。並立助詞「や」が意味することを、平成29年の問題と同じ様に解釈すれば「本館又は公園」という意味になります。標準解答例の一例を見てみると、やはり公園からのみアプローチさせています。

 配置計画に大きく影響するところに、並立助詞「や」を用いて出題してきていますが、受験者としては、与条件違反にならないように安全側の解釈をするしかありません。しかし、必要のない解釈をすることで、計画に無理が生じプランが破綻してしまうようでは、本末転倒になってしまいます。
 試験対策としてできることは、過去の本試験の問題文の特記事項等の日本語表現と標準解答例を照らしてみて、一級建築士設計製図試験において求められる解釈の仕方を研究しておくことではないかと思います。平成29年の研究をしておけば、令和元年の本試験での並立助詞「や」の解釈がしやすくなるということです。

5.有無を言わせない姿勢に傾倒ぎみか?

 日本語の解釈に曖昧さが残る要求でも、出題者が意図していたことに反しているとの理由で厳しく減点されたと思われるものに、他、令和元年の「吹抜け」があります。
 令和元年は、ランクⅢとランクⅣでの不合格が多かったということで具体的な事例が示され、その一つに「吹抜けの計画(吹抜けとなっていないもの)」というものがありました。吹抜けとなっていないというのは、欠落とは異なるはずですので、これを理由に大きく減点するなら、どんな吹抜けを求めているのか問題に特記しておくべきだったと思います。過去の問題を見ていくと、平成25年の問題には「1階と2階の空間の連続性を考慮した吹抜けを計画する。」と特記されており、出題者が求めている吹抜けを受験者がイメージしやすいよう配慮して出題されていました。令和元年についても「1階から3階の空間の連続性を考慮」と特記してあれば、「空間の連続性を考慮した吹抜けになっていない」と、減点理由がわかりやすくなったはずです。
 解釈や捉え方が分かれるような出題の仕方を、狙ってしている場合と、自覚なくしてしまう場合とがあると思います。
 前者の場合、多様性の選択を求めていることになり、選択に迷う難しさがあります。
 後者であった場合、出題者が描いていた一つの形をべき論として押しつけ、これに反するものを有無を言わさず大きく減点するのは、いささか乱暴ではないかと思います。

 「テーブルの上に、リンゴやオレンジを用意してありますので、どうぞ召し上がって下さい。」と言われたので、同じテーブルの上にあったバナナを食べていたら怒られた…。では、あんまりです。
 平成29年と令和元年の設計製図試験では、並立助詞「や」は、「又は」の意味で用いられていました。
 このように、あれっ?と疑問に思う日本語表現が過去の本試験にあった場合、標準解答例と照らして、その解釈に多様性は許容されているのかいないのかを含め、過去の用法から学んでおくことも大事な試験対策だと言えます。

 

建築士の塾ロゴ 改1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?