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路上で暮らすジプシー

「あいつはジプシーだ!話してはいけない!」

普段穏やかなホアンがバスク訛りのスペイン語で叫んだ。足早に立ち去るホアンの目は充血していた。

アイルランドの首都ダブリンからローカル電車で30分ほどゆられた先にある港町ダンレアリー。

小さい街も見てみたいと思い乗った電車から流れる海の見える街の風景に一目惚れし、飛び降りた駅がダンレアリーだった。端から端まで30分もあれば歩けてしまう小さな街を一通り見て回り、そのままこの街に住むことに決めてしまった。日本からアイルランドに渡って4日目のことだった。

日本から遠く離れたアイルランドまで来てだらだらしているわけにもいかず、ビジネス英語とやらを学べる学校に通い始め、ホームステイ先で出会ったのでバスク出身のホアンだった。


27歳のホアンは、バスク地方の行政に関わるエリートで、長期の休みを取ってアイルランドまで英語を学びに来ていた。午前中は学校に通い、午後はパブでビールを飲みながらアイリッシュ音楽のセッションを聴いて過ごすのが僕とホアンの日課だった。

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学校からの帰り道、街のメインストリートで女の子がビッグイシューを売っていた。

ビッグイシューとはホームレスの自立支援を目的に発行される雑誌で、ホームレスが路上で販売し、売り上げの一部がそのまま彼らに収入になるシステムだ。

こんな小さな街でもビッグイシューが買えるのかと関心しながら1冊購入した。出身はルーマニアで名はエンジェラと言った。歳は16か17くらいだろうか。自分と3つしか変わらない。

また買いに来ると伝えて歩き始めた途端、それまで静かだったホアンが急に叫んび出した。

「お前は何しているのだ!?」「どれだけ危険かわかっているのか!?」「クレイジーだ!」「ジプシーと友達になってはいけない!」

スペイン語で罵り、ホームステイ先まで興奮が収まらない様子だった。

ジプシーという言葉は、国を持たず、主に欧州で移動型の暮らしを営む人々のことを指し、その移動を繰り返すライフスタイルから、長い歴史の中で彼らは常に“よそ者”として扱われてきた。

ジプシーという言葉には、差別的な意味も含まれる。スペインに2ヶ月ほど住んでいた時、ジプシーには警戒しろと耳にタコができるほど教えられたし、ジプシーという言葉自体がそのまま“盗っ人”という意味として使用されることも目にして来た。

その後、路上でエンジェラと軽い挨拶を交わすたびにホアンは怒り「お前はクレイジーだ」と呆れた。

僕自身、バルセロナの地下鉄で、おばちゃん4人のスリ集団に囲まれ、危うく身ぐるみ剥がされそうになったこともあった。あいつらはジプシーだから気をつけないとダメだ、と後に周りから叱られたのを覚えているが、エンジェラがジプシーなのかそうでないのか、僕には関係なかった。

ルーマニアという地域に関心があったし、僕は彼女との挨拶を純粋に楽しんでいた。彼女ももの珍しい東洋人との挨拶を楽しんでいた、と思う。

しかし、それまで週に2度ほど見かけていたエンジェラはある時を期に、パタリと姿を現さなくなった。

ホアンは全く関心を示さず、むしろ安心しているようだったが、僕は心配していた。この小さな港街を離れる日が近づいていた。

学校からの帰り道、ホアンと二人で馴染みのパブに向かっている途中、久しぶりにエンジェラが路上に立っているのが見えた。

久しぶり!と歩み寄ったが、パッと顔を上げたエンジェラに言葉を失った。左目は開かないほど大きく腫れ上がり、真っ青に染まっていた。唇も裂けて血が滲んでいた。

「階段から落ちただけだよ!心配しないで!そして今日は私の誕生日なの!」

誰かに殴られたのだろうか、なぜ殴られたのだろうか、今日帰る家はあるのだろうか、いや、そもそも彼女に家と呼べる場所はあったのだろうか、、、

おめでとうと言いながら、その顔を直視出来ない自分が悔しかった。

「あれは嘘だ。誕生日も。お前は何もわかってないんだ。」

ホアンは小さくつぶやき、そしていつも通り呆れながら歩き出した。

それは小さな港町ダンレアリーでの最後の思い出となった。

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〜 〜 〜 〜 〜 

And they say 

She’s in the Class A Team

Stuck in her daydream

Been this way since 18

そして彼らは噂する

彼女はクスリにハマってる

幻想から抜け出せない

18歳からこの暮らし

But lately her face seems

Slowly sinking, wasting

Crumbling like pastries

だけど最近顔が変わった

頬がこけてやつれてる

パンのように崩れかけてる。

And they scream

The Worst things in life come free to us

Cos we’re all under the upperhand

And go mad for a couple of grams

そして彼らはこう叫ぶ

最悪な出来事はいつも僕らに降りかかるのは

みんな政治や経済が悪いせい

数グラムの粉に狂わされる

And we don’t want to go outside tonight

And in a pipe we fly to the Motherland

Or sell love to another man

It’s too cold outside

For angels to fly, to fly, to fly,,,

Angels to die

こんな寒い夜には外に出たくない

クスリをやって、故郷に舞い降りる

それか見知らぬ男に身を売るか

外はあまりに寒すぎる

エンジェルが飛び立つには

エンジェルが死ぬには

The A Team – Ed Sheeran

ポップなサウンドとダークな歌詞のコントラストが印象的な“The A Team”は、イギリス出身のエドシーランの代表作。

エドがホームレス支援のボランティア先で実際に出会った女性について歌ったもので、“A Team”とは重度の薬物中毒者を指す言葉。ちなみにPVの中で、女性がビッグイシューを売っているが、それを買う男はエド本人なのだとか。

路上でビッグイシューを売る10代の少女、

痩けてやつれた彼女の顔、

エンジェラという名前、、、

そのどれもがダンレアリーで出会った少女とリンクして、

曲を聴くたびに思い出す。まだ彼女は路上で雑誌を売っているのだろうかと。

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