テアトル新宿 2話

 大学の授業が本格的に始まり、僕たちは気がつけば常に一緒にいた。毎日、学校の授業を受け、そのあと、家でゲームをしたり、近所の公園をあてもなく歩いたりとだらだら過ごしていた。そんな毎日に嫌気がさし、たまには学校をサボって映画にでも行こうということになった。
「せっかく東京にいるんだからテアトル新宿で映画が見たい」と足の爪を切っている彼に提案した。パチン。乾いた音が部屋でこだまする。
「えー、なんかいかにもって感じやん。」「しかもミニシアターの映画ってつまんなそうやん。」と見るからに乗り気ではない表情で答え、今度は手の爪を切り出した。パチン。またも乾いた音が部屋でこだました。爪を切るときは普通、手から切るだろうと思いながらも僕は、
「この世界の片隅にっていう映画なら退屈しない。」「口コミでの評判もかなりいいみたい。」と努めて明るくティッシュを差し出しながら彼を誘った。
「じゃあ、もし俺が退屈したらお前が俺の分も払えよ。」とめんどくさそうに切った爪の残骸をティッシュにくるんだ。何様だよ…。そう思いながら僕らは新宿駅に向かった。

 新宿駅からテアトル新宿に向かう道中、彼は「お前、この世界の片隅にって戦争をテーマにした映画やん。」きっと、電車の中で今から観る映画について調べたのだろう。「義務教育サボって観に行っても先生に怒られないぞ。」などと文句を言いながら、新宿の街をズカズカと早足に歩いている。僕にとって新宿という町はあまりにも都会で気を抜いたらこの町に飲み込まれてしまうのではないかと思い、彼にしがみつくように必死でついて歩いた。

 テアトル新宿はどこかシックなホテルのような雰囲気で僕たち田舎者にはこの場所は相応しくないのではないかと思わせた。隣を見ると彼がロビーのソファーで足を組み仰け反って座っている。そうだ。彼は千葉で生まれた都会っ子だった。彼は「ああ眠い。」と言い、ポップコーンを買いに立ち上がった。

 開始十分前になると平日にもかかわらず館内に大勢の人達が押し寄せ、席はほぼ満席になった。僕たちはやや前列の左端から並んで座った。さすがに彼も驚いた表情で「そんなに人気なん?」とポップコーン片手にあたりをキョロキョロしている。僕は彼のポップコーンをつまみ、期待を膨らませた。ポップコーンは薄い塩味だった。

 “この世界の片隅に”は戦争の悲惨さを伝えつつも、戦争映画特有の重さを感じさせないとてもバランスの良い映画で僕の期待をはるかに上回った。映画が終わると、観客がスタンディングオベーションを始めた。東京はこれが当たり前なのか、この映画の出来があまりにも素晴らしいからなのか僕には分からなく、戸惑った。僕もスタンディングオベーションをするべきなのかあたふたしながら隣の彼に目をやると、号泣しながら誰よりも一生懸命に手をたたいていた。そして、ポップコーンを口に入れ「今日のポップコーンはやけに塩辛いぜ」と呟いた。単純で素直な男だなと思った。

 テアトル新宿から出ると辺りは暗くなっており新宿が夜の街へと姿を変えていた。
「お前の分の映画代払ったほうがいい?」と涙で目が腫れている彼に聞くと
「最高だったわ。」といい1500円を僕に渡した。そして、新宿のネオンの明かりを見つめて「今日は俺のおごりやな。」と笑った。この世界の片隅で彼を見つけることができて良かった。そして彼の心の片隅で僕はあぐらをかいていたいと思った。
 夜の新宿は彼のように眩しかった。

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