【かくしおに】第3話

「み、皆さん、早く隠れましょう!!」

 例の中学生が叫んで部屋から走り去る。そして我に帰った瞬間から、それぞれが思い思いに走って出て行った。

「シーカ、行こう!!」
「····みぃーつー」

 ヨハンに手を引かれて私も走る。

 こんな時でも女性に気を使って走る速度を合わせてくれている。中身が乙女でも、さすがジェントル! なんて場違いだけど感心してしまう。

 人間恐怖が突き抜けると、むしろ冷静になるって本当かもしれない。

 走りながら、私は窓の外を見る。月と星の位置を確認する為に。

 今日は満月。元いたあの場所にいたのは十三人。黒板や日本の学生が使いそうな机や椅子。きっと廃校だと思う。

 そこに私達は、どうやってかわからないけど集められた。

 状況を整理し、夢を見て思い出した母との記憶と照らし合わせている間も、ヨハンの先導で階段を降りる。

 出られるのなら、とにかく外へ出たい。ヨハンも同じ気持ちだったんでしょうね。

 だけどいざ出ようとすれば、シャッターが開かない! 、間違いなくこの廃校に閉じ込められている!

「くそ!」

 苛立った、違うわね。閉じ込められて余裕を無くしたヨハンは、かなりパニックを起こしてる。長い足でシャッターを蹴りつけた。

 出会って初めてよ。ヨハンの荒っぽい部分を垣間見たのなんて。中身は乙女なのに、なんてついそんな感想を心の中で呟いてしまったわ。内緒にしておこう。

「あー……ごめん」

 我に返ったらしいヨハンは、自由な右手で顔を覆って大きく息を吐いた。左手は私とずっと手を繋いでて、小さく震えてる。

 でも震えてるのはヨハンか、私か、私達二人共なのか。

 もちろん私だって怖いけど、それでもヨハンより落ち着いていられてるんだろうな。この飾りと、夢を見たお陰ね。

「行こう」

 少し冷静になったヨハンが進むまま、鍵の掛かっていない近くの図工室と書かれた部屋に入ってみたの。

 私はもう一度、窓越しに月と星の位置を確かめて、確信した。これはあの日の母が教えてくれた【かくしおに】だ。

 タイミング良く、あの時の事を夢で見るだなんて。

 不思議な力を持っていた母。まるで私が難病を克服するのと引き換えにしたかのようなタイミングで、命を散らせた母。他殺だった。犯人は未だに見つかっていない。

 母は亡くなった今でも私を守ってくれているんだと、そう確信する。

 だってこのベルトの飾りは、母が私に遺してくれたお守りだもの。

「シーカ」
「ええ、奥にも部屋がある」

 とにかく隠れなければ。

 強迫観念に突き動かされるようにして、隠れられる場所を探して歩を進める。外に出るシャッターやドア以外は、鍵が掛かっていないみたい。奥の部屋のドアも鍵は開いていた。確か日本の学校だと、美術の先生なんかが控えてる部屋じゃなかったかな?

 ヨハンも私も息を殺して怖々、中を見渡す。一番奥に大きな用具入れが置いてあった。

「開けるね」

 繋いだ手をギュッと握り合ってから、ヨハンが空いた手で、ゆっくりと開けてみる。もしも中から何か飛び出したら、私がヨハンの手を引っ張って躱さなきゃ。

 でも中は空だった。

 私達ほ目と目で会話し、一緒に用具入れを動かして、人が一人入れるスペースを作る。

「シーカはここに隠れて。僕が机とか布でわからなくしておくから。僕は他に隠れられそうな場所を……」
「待って、ヨハン。ちょっと話を聞いて欲しいの」

 こんな時でもジェントルか。中身が乙女だと知ってても、吊り橋効果で惚れそう。

 なんて乙女心を触発されながらヨハンの言葉を遮った。

「でも、もう時間が····」

 確信を持って告げる。そんな私に、当然だけどヨハンは戸惑いの表情を浮かべた。

「実はね、さっき五歳くらいの時の夢を見たの。ママが……」

 そんなヨハンに、私は夢の内容をかいつまんで話す。話が進むにつれて、ヨハンの顔には安堵が生まれていく。

 ちなみに日本語で話している時もママって呼んでしまうのは、海外生活が長かったから。

蓮香れんかさんがそう言ったのなら、信じるよ」

 全て話せば、ヨハンが覚悟した顔で頷く。

「相変わらず、ママを崇拝してるのね」
「僕は初恋の女性に助けられたんだよ? 当然、未だに尊敬してるし惚れてる。それよりシーカがこんなふざけた茶番を全部終わらせて、次に僕達が無事に顔を合わせたら詳しく教えてよ」

 いつものヨハンに戻り、茶目っ気たっぷりのウインクを飛ばしてくる。それが嫌味に感じないんだから、やっぱりイケメンよね。

 なんて思うくらいには、私もヨハンに話しながら記憶を整理できて、肩の力が抜けたみたい。

 当時七歳で母と出会ったヨハンは、持ち前の乙女を辞さない勢いで母に一目惚れ。その想いは母が生きていた頃から、亡くなって何年も経った今も通算して、想いを深めていってる。

 だからかな。ヨハンの初恋は恋や愛なんて感情から崇拝レベルへと昇華して、拗らせ残念イケメンに変貌を遂げた。

 年々、母に似てくる私のはヨハンの崇拝の対象らしい。それはそれで、何だか私に失礼じゃない?

 でもヨハンがそうなるのもわからなくはない。

 だって私のママは、一度決めた事がどれだけ困難を極めても、意志を貫く芯の強さとキュートな魅力を持った人なんだもの!

 私達の難病は医師だった母が約十年かけ、研究開発した薬で完治した。私が母のお腹に宿った頃には、既に研究を初めていたらしい。

 そんな母は昔から結婚願望はおろか、自分が子供を持つつもりもなかったの。母自身がそう言ってた。

 なのに私を生む事にも、私が難病に侵される事にも、ある日突然気づいた。日本語で言えば、天啓ってやつ。母は何の確証もないまま、確信だけ持って治療薬の開発を始めて完遂したんだから、意志が強すぎよ。

 母は多分、シャーマン体質だったんじゃないかな。これは私の父から聞いた話だけど、母が幼少期に色々あって、腹黒いキレッキレの性格を顕著にぶつけて縁を切ったらしい母の父方の家系。母の死の手がかりが欲しくてそっちの家系も調べてたら、代々そういう力を継いでた一族だった。

 ちなみに今の私の苗字は、母が亡くなった後に引き取ってくれた父の姓。母は母方の姓である鬼逆を名乗っていたけど、その前は父方の姓である神継だった。

「シーカ、絶対戻ってきてね。あと顔に傷は、何があってもつけないで!」
「こういう時もブレないのね。私もママを信じてるわ。ママは私に出来ない事は、そもそも教えたりしなかったもの。だって周りがドン引きするくらい娘を溺愛した、腹黒冷血漢な大天才なんだから! 絶対、大丈夫!」

 目を合わせてエア腕相撲みたいにガシッとお互いの右手を目の前で握り合う。そして健闘を祈る、と頷き合った。

 ヨハンはさっき私達が空けた用具入れの後ろのスペースに入る。用具入れの扉は、ほんの少しだけ隙間を開けてダミーを装い、私は別の場所に隠れた。

 予想通りなら、あの鬼はここに来て、ヨハンが最初に食べられる。

 ……ズルッ……ビチャ……ズルッ……ビチャ……。

(来た! ママ、見守ってて!)

 腰にぶら下がるママの手作りの飾りをギュッと握って、最初の戦いに挑んだ。

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